小説 1

クサノオウ 4

あれから、少年はずっと山崎の隣にくっついてひたすら一人で喋っていた。人と話せるのが嬉しいのだろう、と山崎は思いとりあえず適当に返していた。

その中で少年は山崎が何者なのか、何をしているのかは一切聞かなかった。少年自身の事も何も言わなかった。


そして何の話の流れか山崎が少年にしりとりを教えた…事がいけなかったのか。
数時間しりとりをやらされた挙げ句、何か知らない言葉が出ると得意のオウム返しだ。すっかり少年のペースに乗らされてしまい、まともに張り込めなかった。


(もしや敵の刺客か?)

再び屋敷の敷地内に来た山崎は「ハァ」と溜め息を吐く。

どうやらこの屋敷の住人は朝から夕方まで留守にしているらしい。


(もしかしてもっと小さな頃に拉致されたとか)

少年は見た目は11、2歳の子供。この屋敷の住人は麻薬以外にも犯罪を犯しているのか。

(副長に相談すれば良かったかなー)

そんなタイミングは一切なかったが。


山崎は屋敷の裏側に回り侵入できる箇所を探す。所詮只のヤクザの屋敷だからだろうか、セキュリティーが甘い。仮にも違法物を所持しているのなら赤外線センサーぐらい付けるべきではないだろうか。

ふと山崎は少年がいる納屋の方を見た。
今日はあちらへは行かないつもりだ。これ以上任務に支障を来すわけには、


「ねぇ、この花知ってる?」


――いたよ。


山崎はガクッと肩を落とす。いつの間にやら隣に居た例の少年は花を山崎に見せるように手を上げていた。確か午前中は外だったっけ。

「…白詰草だね」
「白詰草?」

よく道端に咲いている白くて小さな野花だ。しかし少年が持っている白詰草は枯れていた。

「箱の中にいっぱい入ってた」
「箱って…車から降ろされてた?」
「うん」

もしかしてこの子供は荷物が保管されている場所を知っているのでは。

こんな子供の…しかも正体が未だ分からない者の情報を鵜呑みにするのはどうかと思うが、この花の状態の事も気になり山崎は少年に尋ねてみた。

「どこにあったの?」
「あっち」

少年は屋敷の東側に向かって走り出す。山崎もその後を追った。



本当に忍びの素質があるんじゃないのか。

少年に案内され屋敷の床下から荷物が保管されている場所へ入った山崎は心の底からそう思った。

「こんな所どうやって見つけたの?」
「下に潜って遊んでたら」

少年はキョロキョロと段ボールが積まれている部屋を見渡す。
周りは窓がなく、倉庫と言った感じだ。少年が住んでいる納屋よりずっと納屋らしい。

「あった、これ」

少年は山崎の方をむいて箱を指差す。他の箱を見ながらメモを取っていた山崎は顔を上げ少年に近付いた。

見ると枯れた白詰草がひき詰められている。枯れた…というより乾燥させたようだ。

「あぁ…やっぱり」

白い花をかき分けてみると握り拳大の輝かしい宝石が出てきた。緩衝材として乾燥した白詰草を入れていたようだ。

少年が目をキラキラさせて「わぁ」と声を上げた。

「キレイだね」
「見た目はねぇ…」

山崎は溜め息を吐き顔を歪める。麻薬は栽培すれば良いが、こんな大きな宝石は只のヤクザが持てる代物ではない。

出所が分かるかもしれないと白詰草を少しだけ取り袋の中に入れた。鑑識にかけたら何かの成分が引っ付いているかもしれない。

「葉っぱ」

――この少年は俺の行動に疑問は浮かばないのか。

山崎は溜め息を吐いてクローバーの茎を指で摘み出した子供を見る。

「あ」
「?」

少年の手元にあるクローバーを見て山崎は思わず声が出た。少年は不思議そうに首を傾げる。

「四つ葉だ」
「四つ葉?」

このオウム返しも慣れた。

「持ってると良いことあるよ」
「へぇー」

山崎の言葉に少年は大きな目で瞬きをし四つ葉を見つめる。
そんな様子を見ていた山崎は「ねぇ」と少年に呼びかけた。

「今の生活に不満はないの?」

――あ

思わず出た自分の台詞に山崎は吃驚する。
潜入中、どんな事情があろうと出会った相手には余計な同情はしないと決めている。そうしないと任務には支障は来すし、自身の命が危うくなる時だってある。
前者なんてもう手遅れではないだろうか。

しかし、言われた少年は「ふまん?」とオウム返しをする。


今からお前を「オウム」と呼んでやろうか。


「えーと、何で話しするのが俺が初めてなの?」
「初めてだから」
「午後からの勉強頑張ってね」


会話が成り立たないのも慣れた。







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