クサノオウ 2
――本当に住んでるし。
片隅にベット、テレビもある。少年は机の上に置かれてある食事を食べていた。
白飯、魚、味噌汁、漬け物…至って普通。 多くもなく少なくもない。
(つか何やってんだ、山崎退)
立ち去ろうとしていた山崎だったが、不思議な少年が気になり、屋根裏から下を見ていた。
山崎は自嘲するように鼻で笑う。
「…ん?」
外がざわついている。山崎は何かあったのかと顔を上げ窓に近づき外を見た。
庭先でトラックが止まっており荷物が下ろされている。荷物は屋敷の中へと運ばれていた。
(あの荷物気になるなー)
もう癖になったのだろうか、袋から先程のあんぱんを取り出し口の中に入れながら考える。
「あの中にはね、草とか花がいっぱい入ってんだよ」
なるほど、やはり麻薬か――、
「うわぁっ?!」
隣で屈んでいる少年を見て山崎はまたしても古典的な驚き方をする。しかし次はあんぱんを手放さない。
忍びの素質持っているんじゃないのか、山崎は五月蝿く鳴る心臓を押さえながら少年を見つめた。
「あ、その黒いもの何?」
相変わらず無表情で山崎の手元をのぞき込む。
「…食べる?」
「うん」
自分でも何やってんだ、と思った。山崎は手に持っているあんぱんをちぎり少年に渡す。
少年はそれを口の中に放り込み、モグモグと口を動かした。
「甘い。美味しいね」
「…あのさ、美味しいならそれなりの顔してよ」
無表情であんぱんを食べる少年の顔を見て山崎は思わず突っ込む。これでは顔があんぱんでできた自己犠牲の強いヒーローも与えがいがないというものだ。
「?」
少年は首を傾げた。
――そう、この少年、出会った時から無表情なのだ。…と言っても出会ってから一時間程度しか経ってないが。
「美味しいのなら自然と顔がほころぶだろ?」
「ほころぶ?」
「笑顔になるっていうこと!」
「えがお?」
山崎は本日何回目かの脱力感に襲われた。
良くあるよな、ちょっとしたイイ話に。笑う事を忘れた少年が笑顔を取り戻す、みたいな。そういう事か、山崎は腕を組み「うぅむ」と唸る。
見本をみせるとか、いや、こういう時はきっと脳に何か不具合が起こっているんだ、
「…て、俺はカウンセラーじゃなぁぁいッ!!!」
「かうんせらー?」
ひたすらオウム返しする少年を前に山崎は頭を抱える。
――調子が狂う、山崎は無表情で首を傾げる少年を数秒程見据え、「フッ」と鼻で笑った。手に持っていたあんぱんを袋の上に置く。
「笑顔になるっていうのは…」
「?」
「こういう事だ!」
突如、山崎は目の前の少年の脇をくすぐる。これが一番てっとり早い方法だ。
「ワッハハハ…!!ハハハ…!!」
少年は長い髪を揺らし声を上げて笑った。くすぐる山崎の顔は真剣だ。若干今までの苛つきの仕返しが入ってるかもしれない。
「ほら、笑った!」
山崎はくすぐる事を止め、勝ち誇ったように肩で息をしている少年を見下ろした。
きっと今この場に他の誰かが居たらそれは何か違うと突っ込まれるだろう、分かってる。
少年は息を整えながら山崎を見上げた。
「え、笑顔になるって疲れるんだね…」
「ん、まぁ…普通は疲れない」
困ったように山崎は頬をポリポリと掻く。目の前で長い髪を掻き上げる少年の顔が少し和らいだように見えた。
「人に触れたのは久しぶり」
「へ?」
山崎は少年の言葉に目を丸くした。
「もしかして引きこもり?だから感情の表し方を忘れていたとか」
「ひきこもり?」
またオウム返しきたー、山崎はしまったと顔を歪める。
「えっと、外出ないの?」
「出るよ、午前中少しだけ」
「午前中?」
「午後から勉強する」
なんだ、普通の生活じゃないか。山崎は思わず「へぇ」と声を出した。
「どんな勉強?」
「人が会話している映像を見てる」
「は?」
「実際話すのはお兄さんが初めて」
――前言撤回、普通じゃない。
ある意味幼児虐待じゃないか、一度自分がこの子の保護者にガツンと、
「…」
言ってやろうか、と思い窓の外にある屋敷を見て山崎は本来の目的を思い出した。
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