小説 1

アナタがいないなんて有り得ない13

あるところに仲の良い夫婦が住んでいました。

ある日、妻が嬉しそうに夫に言いました。

「あなた、これを見て」

妻の手には蓋は赤く底が膨らんでいるクリーム色の容器を持っていました。

「何だい?それは」

夫が妻に言いました。

「マヨネーズって言うの。これをかけるとさらに素材の味を引き立てることができるのよ」

妻はそういうと目の前にあった羊羹にそのマヨネーズをかけました。

「お、おい」
「さぁ、アナタ食べてみて」

妻は微笑み、羊羹の上にこんもりと盛ったマヨネーズを夫の前に差し出しました。
マヨネーズで羊羹が見えません。一見、ただ皿に盛られたマヨネーズです。

しかしあの料理上手な妻が言うのだ、美味しいに違いない。
夫はそう思い爪楊枝で突き刺すにはマヨネーズの壁が厚く羊羹まで達しないのでスプーンで食べてみました。

「!!」

夫は何か胃からこみ上げるものを必死になって抑えました。

「ね?美味しいでしょ?」

妻は期待に満ちた顔で夫の顔を覗き込みます。

夫は考えました。
ここはやはり妻の為…いや、自分の為に本当の事を言うしかない。

夫は側にあったゴミ箱を引き寄せその中に顔を突っ込み嘔吐しました。

「お前、これはダメだよ。野犬でもこれは食べない」

妻の顔が一変しました。
あのいつも穏やかな優しい顔が一瞬にして般若のような顔になったのです。

夫は驚き目を見開きました。

「あんだとコラァァ??!!てめぇの舌は死んでんのかァ??!!」

なんということでしょう。口調まで変わってしまったではないですか。


それからというものの食べ物はもちろんのこと、飲み物もマヨネーズにされ、挙げ句の果てには風呂のお湯にさえマヨネーズにされてしまいました。

これでは身が保たないと思い夫は家を飛び出しました。

すると妻はマヨネーズを両手に持って追いかけてきました。

夫は無我夢中になって逃げ回りました。

あのマヨネーズにいったいどんな魔力があるというのだ、あれは麻薬か、



あんなもの江戸から…この世から消えれば良いのに…!!







「…で、江戸中のマヨネーズを消した、と」
「あ゛」

青筋を浮かべた土方が銀杏髷の男…幸之助を見据える。霊媒師の隣に座っている幸之助は頷いた。

「自らもマヨネーズになってやるたぁ大した志でィ。共にマヨネーズの固まりである土方十四郎を抹殺しやしょうや」
「オイ」
「まさかワシが作った薬を飲むとは。しかし、安心せぃ。薬の効き目は一週間程じゃ」

霊媒師の話によると、ある日遊びのつもりで「幽霊のような体になれる薬」を作ったらしい。副作用で自身が一番憎む物に体が変わっていくようだ。幸之助はそれを承知で飲んだらしい。

「え、でもどうやってマヨネーズを消したのですか。まさに目の前で忽然と消えたのですよ?」

怪訝そうに顔を歪める山崎に対し、霊媒師は言った。

「その憎む物を吸収し、それをエネルギーにして幽体を保つんじゃ。たまたま幸之助が通ったんじゃろ」
「何でそんなもん作ったんだ…」

原田が顔をひきつらせる。

「長年霊媒師をやっとると一度でもいいから幽霊になってみたいと思うのじゃ。副作用さえなければ成功だったんじゃが」
「なるほど。長年マヨネーズを摂取していると一度でいいから同化してみたいと思う心理と同じですかィ?土方さん」
「ならねーよ。何全てを悟ったような面してんだバカ」
「しかしなぁ…」

黙って聞いていた近藤が口を開く。

「マヨネーズひとつで家庭崩壊とは…屯所の風呂は死守しなければいけないな」

近藤は沈痛な面持ちで俯き首を横に振った。

「そうですね」
「もちろんでさァ」
「あぁ」

山崎、沖田、原田も真剣な表情で頷く。土方はそんな四人を見て顔をひきつらせた。

「いや、俺もさすがにマヨネーズで体洗おうとはしねぇよ」
「まぁ、何がともあれ、後数日後には息子の姿は戻る。マヨネーズが消える事はなくなるだろ。愚息の軽率な行動でお主らには多大な迷惑をかけたな。すまなかった」

五人に向かって霊媒師は頭を下げ、息子と共に屯所を後にした。







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