小説 1

アナタがいないなんて有り得ない9

俺の名は山崎退。
全日本ミントン大会の江戸代表選手だ。

この試合で優勝すればオリンピックの出場切符が手に入る。俺は順調に決勝戦まで勝ち進んだ。

物心がついた時からラケットを握ってただひたすら振っていた。雨の日も風の日も雪の日も。
全てはオリンピック出場の為。手の平にできた豆が潰れラケットのグリップが血に染まろうとも練習を止めなかった。

――決勝戦直前、タオルを首に掛けパイプ椅子に座って俯き精神を統一していると人の気配を感じ顔を上げた。俺の前に決勝戦の相手選手が。

――!!
信じられない。これは夢か、現実か、幻か。

俺の目の前に居たのは…全身クリーム色で頭の部分が赤色の…


マヨネーズだった。


いや、待て。どうやってコイツはラケットを握るんだ?どうやって決勝戦まで来たんだ?

「君が山崎退君かい?」

喋ったァァァ!!!!マヨネーズが喋ったァァァ!!!!口が無いのに!!!つか目もねぇよ!!どうやって俺の姿確認してんの??!!このただの巨大なマヨネーズがァァァ!!!

「ぽっくんが決勝戦の相手、マヨネーズだ、正々堂々と頼むよ。いい試合をしよう」

一人称ぽっくん??!!つか名前マヨネーズってそのまんまじゃねーかァァ!!捻れよ!!そこは!!マヨ男とかマヨ造とか何でもあるじゃねーか!!お前恐らく今握手を求めてるつもりだろうが手ぇないから!!お前手ぇないから!!ただのマヨネーズだから!!!

気付くと俺はコート内にいた。

えっ?もう試合?
焦る俺を余所に審判は笛を鳴らす。
マヨネーズは赤い頭からマヨネーズを噴き出した。


シャトルじゃねぇ…!!

大量のクリーム色の液体が俺を襲う。俺はマヨネーズの重みに耐えきれず地に伏した。

い、息が出来ない…!!誰か助けてくれ!!俺は手を前に出し助けを求める。

「優勝!!マヨネーズ選手!!!」

ワァー!!と、観客の大歓声が聞こえてきた。

え?!何?!相手をマヨネーズで倒したら勝ちなのォ??!!ミントンは?!これ全日本ミントン大会じゃなかったっけ??!!

俺は薄れていく意識の中、最初からカバディに専念していたらこんな事にはならなかったのか…と後悔をした。


ヒーローインタビューの中…っていや、なぜこれをする必要がある?…もうどうでも良いか、俺の命も後わずかだし…などと思っていた――その時、

なぜか俺の鼻を支配していたマヨネーズの匂いから洗剤の匂いへと変わっていった。


あぁ…嗅ぎ慣れたこの匂い…


「山崎ー?大丈夫?」

斉藤さんの声が聞こえてきた。





カバッと山崎が起きあがる。

「あ、おはよう」

斉藤がしゃがんで山崎の顔をのぞき込んでいる。
山崎は瞬きをし、自分の体を見た。全身びしょ濡れで少し泡が立っており湯気が出ている。

「お湯?」
「あ、山崎!気が付いたか?」

丘がホースを持って駆け寄ってくる。周りの隊士数名も手にホースやらバケツやらを持ちマヨネーズに覆われた隊士に向かってお湯をかけていた。

斉藤が立ち上がり側にあったバケツを持つ。

「なぜかこのマヨネーズ、水やお湯だけじゃあ取れなくてね。油汚れには洗剤が一番だよねって事で試したら取れたんだよ」
「このお湯には洗剤が混ざってるんだぜー」

丘が「うりゃー」と言って山崎にホースの先端を向けてお湯をかけた。

「うわっ!ちょっ…!確かに暖かいけど……!!あぁ!!目にィ!!目に入ったァァ!!!しみるー!!」

「あ、ごめんごめん」と丘が慌ててタオルを取り出す。

「でも元凶には全く効かないんだよねぇ。幽霊らしいから当たり前なんだけど」

斉藤が困ったように溜め息を吐いた。
向こうの方では隊士達の叫び声や悲鳴が聞こえてくる。

山崎はタオルを手に数秒間考え、ハッと弾かれたように目を見開いた。

「で、出たんですかァ?!マヨネーズ選手?!」
「今更ァ?!…って、選手?」

丘が顔を歪め首を傾げた。山崎は素早く立ち上がり首を激しく横に振る。

「き、気にしないで下さい!ところで副長は?!」

キョロキョロと辺りを見渡した。斉藤が副長室を指差す。

「何かバズーカの音がしてたけど」
「え?バズーカァ?!ありがとうございます!とりあえず行ってきます!」

山崎は二人に一礼をし副長室に走って行った。







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