小説 1

アナタがいないなんて有り得ない6

「誰だよ、アイツに話聞こうって言った奴」
「原田でしょォ?!何か無駄に怖い思いしたよ」

深夜、静まりかえっている屯所の厠でハゲ頭と地味な男が話す。今はまだ2月の上旬、肌が凍るように寒い。原田が苦々しい顔で身震いをした。

「結局マヨネーズが消失した理由分からなかったしよ…」
「最初あんな黄色い物体どうでも良いって思ってたけど、副長のパニックぶり見ていてそうも思えなくなってきた」

はぁ、と山崎は溜め息を吐く。恐らく土方自身は平然を装っているつもりだろうが、端から見れば一目瞭然。10人中10人がおかしいと言うだろう。

二人が用を足していると厠の外から「おーい」という声が聞こえてきた。

「お二人さぁーん?喋ってないで早く済ませてくれるか?…何で男二人の厠について行かなきゃならないんだ…」

厠の外では壁にもたれて寒そうに自身の体を擦る永倉の姿があった。

「いや…何か中々出が悪くて…」
「永倉さん、も、もうちょっと待って…」

厠からの焦る二人の声を聞き永倉は溜め息を吐く。

「…ったく、右之も図体でかいくせに肝っ玉は小さいなぁ」
「永倉のような図体なら違和感なかったんかね?」
「…」

小柄な青年は無言で壁に付いたスイッチに片手を伸ばす。

「ぎゃあァ!!暗っ!!ちょっ…!!な、永倉っ!!電気を消すな!!!」
「原田が余計な一言言うから!!永倉さぁん!付けて下さーい!!」
「そのまま部屋帰っちゃうとか無しよ?!永倉君っ?!」




厠を終え、縁側を大、中、小と三人並んで歩く。

「大体何?そのマヨネーズお化けって」
「その人をバカにしたような目は止めろ。本当なんだって」

目を細くして見上げてくる永倉に原田は顔を歪め背ける。代わりに山崎が永倉の方を振り向いた。

「そうですよ。体からマヨネーズが噴き出したんですよ?俺、当分マヨネーズ食べれない」

山崎はそう言うと、おぇと嗚咽する真似をして前を向く。永倉はそんな二人を怪訝そうに見、手を口元にやって欠伸をした。

「俺はもう寝るよ…あ、雪だ」

永倉が立ち止まり白い息を吐きながら中庭の方へ手を出した。チラチラではあるが小さな雪が降ってきている。

「雪ィィ?!」
「あ、足!足が砕かれる!!」
「もう何なの?お前等」

慌てふためく二人を永倉は白い目で一瞥し、自室へ戻ろうと歩き出した――その時、


「マヨネーズが1075匹…マヨネーズが1076匹…」

「え」


聞いたこともない声が三人の耳に入ってきた。


「マヨネーズが1077匹…マヨネーズが1078匹…」


「な、何?もしかして…来た?」

声の主を探すように永倉はキョロキョロと辺りを見渡す。

「え?!戸開けてないのに?!い、いや、ていうかアレはマヨネーズとは関係ないよね?足の悪い夫がマヨネーズを買いに出掛けて滑って頭打って」
「違うだろ!!妻の帰りを待つ夫がマヨネーズを踏んで転んで」
「お前等ァ!!立派にマヨネーズに汚染されてるじゃねーかァァ!!!!」

永倉は自分を盾にしようとする二人に向かって叫んだ。慌てる三人を余所に段々と不気味な声が大きくなってくる。


「マヨネーズが1083匹…マヨネーズが1084匹…」


「永倉っ!刀は?!」

後ろから原田が永倉の着物の裾を強く引っ張った。

「持ってきてねーよ!」
「武士は刀と一心同体って言うだろっ!!何で持ってねぇんだ?!」
「お前も持ってきてないだろうがァァ!!!」

青筋を立てながら取っ組み合いの喧嘩をし始めた二人の横で山崎が「カバディカバディカバディ」と呟きながらしゃがんている。

「コラ!!人間四次元ポケット!!何か出さんか!!」
「人を便利ロボットみたいに言うなァァァ!!」

原田が脇で抱えている永倉の頭に拳をグリグリと押しつけながら山崎を見下ろした。山崎は涙目で見上げる。


「マヨネーズが1108匹…マヨネーズが1109匹…マヨネーズが1110匹…」


小競り合いをしているといつの間にか声がすぐ近くまで来ていた。三人がハッと顔を上げる。


「マヨネーズが1111匹ィィィ!!!」

「ぎゃあぁぁぁ!!!!」


三人が一斉に後ずさった。山崎がゴンと鈍い音を出し勢いよく柱に頭をぶつける。


「…面白いほど驚いてくれるねィ」

そこには亜麻色頭に赤いアイマスクをかけた少年が目を大きく開けて瞬きをしていた。手にはマイクのようなものを持っている。


「お前かぁぁぁいっ!!!!」

驚きへたれ込んでいた原田と永倉が同時に叫ぶ。隣では山崎が頭にたんこぶを作って気絶していた。







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