小説 1

アナタがいないなんて有り得ない

土方が煙草を手に目の前の監察を見据えた。

「山崎、お前に頼みたい事がある」

山崎は普段以上に真剣な目でこちらを見てくる上司にゴクリと生唾を飲んだ。

これは重要な任務に違いない。優秀な監察と言われているこの山崎退の腕の見せ所だ、心して掛からなければ。

膝の上で握っている拳に力が入る。

「…実は…だな、」

土方の声色が低い。話し方も慎重だ。

もしや極秘任務か。鬼兵隊を潰す気なのか。映画を乗っ取るつもりか。原作で過激派の攘夷浪士代表と言われる高杉があれだけ派手にドンパチやっていたにも関わらず真選組の出番が全く無かったのが気に食わなかったのか。相手は空の上だからな。幕府にラピュタ的なものを作ってくれるよう頼んだらどうだろうか。真選組天空課とか。あ、何かそれ格好良くね?

山崎は土方を見据えながら頭の中で様々な思考を巡らせた。


「江戸から突如マヨネーズが消えた。今すぐ調査してこい」
「はい、分かりま………え?」

山崎は眉をピクリと上げ聞き返す。土方は依然真剣な面持ちで山崎を見据えていた。

「マヨネーズが消えた。江戸中どこを探しても置いていない。これは真選組結成以来の一大事だ」
「…副長、頼みたい事ってそれですか?」
「他に何がある」

山崎はガクッと頭を垂れた。緊張して損した、本当に天空課ができたらそちらへ配属してもらおうか。

「えー?賞味期限を偽造していた事がバレたとか、生産過程でおかしな事があって自主回収したとか、そんな事ではないのですか?」
「違うな。そんな話は聞いていない。しかも屯所内でストックしてあった386本のマヨネーズも無くなっていた」

それだけの数を賞味期限内に食せるのは世の中広しと言えどもこの人だけだろう、山崎は目の前の上司を見て思う。

「というか、真選組結成以来の一大事とかそんな大袈裟な」
「山崎、俺は半日もマヨネーズを食していないんだ。理性を補うものがない。今、お前を一太刀で殺れる事も可能」
「山崎退行ってきますっ!!!」

土方が側にあった刀を手にした途端、山崎は立ち上がり敬礼すると逃げるように副長室を出て行った。








半日マヨネーズを体内に入れないだけで理性を失うのか、あの人の体はマヨネーズでできているのだろうか。

山崎はとりあえず身近な屯所内の食堂へ行き本当にマヨネーズがないのか調べに行った。

「確かにマヨネーズなかったなぁ」

非番の原田が食べ終えた食器を返却口に返しながら山崎に言う。

「でも別にドレッシングがあるからな。不便じゃねぇが」
「副長には死活問題らしいんだよ」

自分にとっては別の意味での死活問題でもある。山崎は溜め息を吐き頭を抱えた。

「生産工場が潰れたんじゃね?」
「んな突然に」
「ん?何してるんでィ」

二人が話していると原田と同じく非番の沖田がコンビニの袋を手に近付いてきた。

「今から昼か?」
「あぁ、コンビニで弁当買ってきた」

沖田は袋を机の上に置きガサガサと音を立てながら弁当を取り出す。

「何で食堂のメニューを頼まないんですか?だから栄養が偏るんですよ」

山崎が眉をひそめながら沖田が取り出した弁当を見る。沖田はそんな山崎を見、嫌そうに顔を歪めた。

「山崎ウザい」
「え?!何で?!」

ショックを受ける山崎の横で原田が「口うるさく言うから」と苦笑した。
沖田はそんな山崎を無視し椅子に座り弁当の蓋を取る。

「あ!!」
「な、何でィ?」

突如弁当を見ていた山崎が声を上げた。沖田は吃驚し目を丸くする。

「マヨネーズだ」
「あ、ほんとだ。あるじゃねーか」

山崎は蓋に付いている小さな袋に入ったクリーム色を指差した。原田もその蓋を手に取り小さな袋を止めているテープを剥がす。

「は?何?おめぇらまでマヨ脳になっちまったのかィ?」
「いやいや、違いますよ。実は副長がね…」

山崎が焦りながら首を横に振り沖田に事情を説明しようとしたその時、


「お、おぉ?」

原田がおかしな声色で声を上げた。山崎と沖田が声の主を見ると手に持っているマヨネーズから白い煙が出ている。

「え?」

三人が凝視する中、そのマヨネーズは忽然と姿を消した。







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