小説

偏見





オイラは猫だ。


毛の色は黒、人間共の間で黒猫は不吉と言われているがとんだ偏見だ。ちょっと前を横切るだけで奴等は嫌そうに顔を歪める。きっとこの後、何か悪い事が起きるとオイラのせいにするんだ。迷惑な話だろう?


「やぁ、また来たのかい?」


だが、ここには変わった人間がいた。オイラが横切ろうと座ろうと嫌な顔ひとつしない。それどころか飯まで食わせてくれるのだ。

「確かパンケーキが余っていた筈だ。少し待っていてくれないか?」

眼鏡を掛けた男はそう言うとオイラの黒い頭を撫で、離れていった。
もちろん待つに決まっている。ぱんけーきとは一体どういうものかは知らないが。

ここはオイラの毛と同じ色の服を着た人間共がゴロゴロいる。だからオイラの事を邪険に扱わないのか。

「ん?黒猫?」

飯の到着を待っていると、栗色の髪をした人間がオイラを見下ろしてきた。その横にいた黒髪の人間も首を少し傾げながら見てくる。

「野良猫でしょうか」
「土方のヤローの前を横切らそうかねィ…そういうの弱そうじゃね?」
「確かに」

何だ。やはりここにも根拠のない迷信があるのか。というか、黒髪のお前も全身真っ黒ではないか。オイラとどう違うというのだ。


「待たせたね」

二人の人間が去っていった後、ようやく眼鏡の男が帰って来た。
手に持っていた物を小さくちぎり、皿の上に置く。それをオイラの前に差し出した。

ふむ…ふわふわしていて味が無さそうだ。一見ゴミのように見えるのだが、これがぱんけーきと言うものか。
オイラはそれに鼻を近づけ匂いを嗅いでみた。悪くはない、甘い匂いだ。

「今はそんな菓子しかないんだ。また夕方においで。その時はちゃんとしたご飯をあげよう」

用心しているオイラが不服そうに見えたらしい。眼鏡の男は申し訳なさそうに眉尻を下げた。

何、オイラは人間共とは違って偏見などしない。この素晴らしき嗅覚で美味しい食べ物かそうでないかぐらい見分けをつける事ができるのだ。
長いしっぽを一振りし、少し風が吹けば飛んでしまいそうなゴミを一口食べてみた。

――ほら、思った通りだ。うまいではないか。

「出張先で買ってきたものなんだ」

眼鏡の男は安堵したように笑い、手元に残ったぱんけーきを千切って自分の口にも放り込む。

「…ここに居ても僕の居場所はない。出張に出掛けている方が楽だよ」

オイ、人間。オイラは喉が乾いてきたぞ。コイツはうまいが口の中の水分を取られる。
オイラは眼鏡の男を見上げ、ひと鳴きする。

「ん?心配してくれているのかい?」

いや、違う。何か飲み物を。

「昔からだ。一人は慣れた」

眼鏡の男は天を仰ぐ。オイラも思わず空を見上げた。鳥が群れを成して飛んでいる。

「僕は一人でも生きていけるんだ。群れなきゃ何もできない奴等とは違う」

そう言うと眼鏡の男はぱんけーきを包んでいた紙を強く握った。


――可笑しいな。


空になった皿の前で顔を洗う。


――ならば、何故この男はここに居るのだ。何故戻ってくるのだ。


「伊東先生」
「なんだい?篠原君」


とりあえず、飲み物は諦めるとしよう。








何やらここ数日は騒がしかった。
いや、いつも騒がしいのだが、雰囲気ってヤツか?黒い集団皆慌ただしく、殺伐としていたのだ。

しかし、ようやく落ち着いたようでオイラは数日振りとなる飯でも頂こうかといつもの縁側にやってきた。


そこには、一人の若い人間が座っていた。確か眼鏡の男を「伊東先生」と呼んでいた人間だ。



オイ、そこのお前。眼鏡の男はどうした。
いつもの飯をくれ。何ならあの甘いぱんけーきでも良いぞ。



若い人間は虚ろな目でオイラを見た。そして傍らにあった刀というものに手を掛ける。







人間というものは偏見の固まりだ。





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