小説 2

月下の剣戟 6

再び荒波が押し寄せてきた。波は唸りを上げながら屋敷内へ雪崩込む。ある程度は表で削られているものの楽な数ではない。
土方は刀の峰を肩に担ぎ、廊下を駆け抜けていた。敵と擦れ違う度に刀を紫電一閃させ、頸椎、腰、臑を薙ぎ、次々と斬り伏せていく。

「階下行け!」
「あいよ!」

途中、丘に対して指示を出し、土方は表口の方へ走った。
格子が組まれた戸はもはや見る影もない。粉々に砕け、屍の下に埋もれている。無数の刀傷が刻まれた柱には、くし刺しにされた浪士がぶら下がっていた。
月明かりが冴え渡る外は、浪士達が喊声を上げていた。庭先で戦う者達の体力は極限を越えているだろう。それは土方とて同じであるが、刀を振るう動きを止めてはならない。斬らねば死ぬのだ。

階段の方で、物が割れる激しい音と物が転がり落ちる鈍い音がした。斬られた浪士が落ちたのだろう、と土方は思い、途切れることなく白刃を滑らせていた。

「局長!」

丘の叫び声を聞いた土方の心臓が飛び跳ねた。まさか、落ちたのは近藤だったのか、土方はすぐ様、身をひるがえし、階下の方へ走った。
丘が槍の特性を生かし、階段にいる浪士に向かって穂先を下から突き出していた。その足元には、近藤が片膝をついている。

「近藤さん!どうした」
「心配ない、踏み外しただけだ。それより見ろ、あの男……広岡だ」

近藤は片鬢から血を流しながら目配せした。階段にいるえらの張った男が、丘の槍を巧妙に外している。土方の眉尻が動く。

「ほぉ…」

広岡とは過激派攘夷浪士、この隠れ里に潜む組織のリーダー格である男だ。広岡は槍筋を右へ反らした後、跳躍し、丘の頭に白刃を飛ばす。丘は後方へ下がりながら槍を反転し、石突きで切っ先を弾いた。

「丘、上にいけ」

土方はそう言ったと同時に床を蹴る。広岡の脇腹目掛けて突きを繰り出した。広岡は半身に開いて電光を避け、片足を滑らせて大きく逆袈裟に掛けた。土方は後ろへ飛び下がる。鼻先に刃風が当たった。
広岡の背後にある階段を丘が駆け上って行く。土方は相手の刀と自分の刀を絡ませ、力任せに押し返し、胸元を斬り上げた。広岡は血を振りまきながらも踏み込み、空を裂いて刀を斬り上げる。引くと思いきや、果敢に間合いを詰めて攻めに出たことに、土方は目を見張った。相手の切っ先は、避けきれなかった土方の胸から肩に掛けて一直線に抉っていった。
広岡は畳み掛けるかのように、疾風の続け技を繰り出した。土方は後方へ飛び、血濡れた廊下に足を滑らせながら着地する。すぐに床を蹴り、青白く光る白刃で風を切った。

――表が一段と騒がしくなった。
敵を斬り伏せた近藤は、眉をひそめて表の方を見る。土方は猛者との戦いで気付いていないようだ。更なる敵軍が来たのか、近藤の柄を握る手に力が籠もる。
破壊された襖と家具の合間から、幾つかの白が浮き上がってきた。黒の中に突如現れた明るい色達に、近藤は思わず「え」と声を出す。
けたたましい音が間近で鳴った。土方に突き飛ばされた広岡が、階段の柵を突き破り、茶の間の床板にめり込む。埃が濛々と立ちこめていた。
広岡は目を大きく見開き、流れ出た自らの腸を掴みながら絶命した。しかし、土方はそれには目を向けず、新しい剣戟の音を見ていた。その表情は険しく、嫌悪感がにじみ出ている。
土方と近藤は、まだ敵がいるというのに、刀を下ろしていた。刀を振るう必要がなくなったのだ。
剣戟音が鳴り響く中、白い服を来た男が二人の前に立つ。真選組の隊服にも似た、しかし色だけが違う。

「折角助けに来たというのに、少しは良い顔をしてほしいものですね」

半開きの双眼に眼鏡を掛けた男、見廻組局長、佐々木異三郎が呆れたような顔をして二人を見ていた。
近藤は驚愕の面持ちで佐々木を指さした。

「……え?幕府の兵って、見廻組の事、だったっけ」

近藤も土方も、そうとは聞いていなかった。佐々木は一つ溜め息を吐いて携帯電話を取り出す。

「おたくの五番隊隊長、武田さんでしたか。行ってあげてくれないか、という内容のメールがきましてね。珍しいデコメを使ってくれるものですから、仕方なく来てあげましたよ」

いつの間にアドレスの交換をしたのか、と思っている土方の懐で携帯電話が震えだした。嫌な予感がし、眉間の皺がより一層深くなる。

「真選組副長の新しい電話番号とアドレスを添えて。携帯電話を変えたのなら、皆に知らせるというのは基本マナーですよ。これだから野蛮な田舎者は」

青筋を浮かべた土方は、手元にある携帯電話を握り潰した。
見廻組が現れたことによって、戦況は一転した。浪士達は闇中に紛れて逃げようとするが、見廻組の隊士達によって遮られる。

「この近辺にいた連中も、私の所の者達がやりました。しかし、また、あなた方は無茶をしますねぇ。ぬるま湯に浸かっている役人共が動こうとしないのも頷けますよ。こんな少人数でやれると思ったのですか?え、馬鹿ですか?大馬鹿ですか?」
「あぁ?!やれると思ったからやったんだ!勝算のねぇもんやらねぇよ」

土方は苦々しく顔を歪める。腰の重い幕府の連中が動かないというのは予想済みだ。会議の警備を指揮している武田には一応、幕府兵とは別の援兵を寄越すように、とは言っていた。しかし、それは警備についている真選組の隊士達の事を言ったわけで、決して宿敵、見廻組の事ではない。
剣戟音が次第に止んできた、と思いきや、表から激しい破壊音が沸き起こった。刀を打ち合う響きも聞こえる。
沖田が浪士の屍の上を飛び跳ねるように走りながら近付いてきた。

「アンタんとこのドーナツ女、どうにかしてくれませんかねィ。こっちは疲れてるんでィ、遊んでられっか」

長い刀身が唸りを立てて沖田に迫る。凄まじい刃風は、散らばる木片を舞い上がらせた。見廻組副長、今井信女が長い髪を舞わせ、刀を振りかざしている。沖田は軽い身のこなしで避けつつも、時折弾き返し、反撃に出ていた。
佐々木は過ぎ去る二人を無言で見ていた。程なくし、短く息を吐いて頭を掻く。

「まぁ…信女さんの生き生きとした眼も見れましたし、良しとしますか」
「何勝手にしめてんだ」

土方は刀を納め、表の方に向かって歩き出した。近藤の方は佐々木に対して、素直に礼を言う。終局を迎えた戦場に、煌々たる月光が降り注いでいた。

[*前]







こういうドタバタの乱戦では、裏方である山崎の出番がどうしても少なくなる。

しかし、薄装備で白刃の中を突き進むって凄いなぁ(棒読み)


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