小説 2

月下の剣戟 5

近藤は狂い立ったように刀を振り回していた。相手を突き倒し、刀を振り上げ袈裟に斬り、上体を捻って薙ぎ払う。切り離された首が天井にまで飛び上がっていった。
屋根伝いに渡って来た敵の援兵が、二階の窓から中へ飛び込み、木片が散らばる畳を踏み荒らしていく。近藤は刀を振りかぶり、敵の頭上へ打ち込んだ。相手はその猛撃を受け止めるが支えきれず、自分の鍔で額を割ってしまう。仰向けになった敵の胸を近藤の剣尖が貫いていった。
何故、こんなにも動けるのか――近藤は自分でも不思議で仕方がなかった。刀は激しく刃こぼれし、切っ先は曲がっている。近藤の手首の強さを持ってしても刀は保たなかった。しかし、近藤は動きを止めない。棒のようになった刀で敵の脳天を叩き割り、横鬢を殴り付ける。眼前に過ぎる敵影を全て床に叩きつけていた。

「局長!そちらは危ない!」

近藤は我に返ったように目を見開く。足元を見ると腐った木板に穴が開いていた。一階の闘争が見える。落下しても死にはしないが、落ちた瞬間に、周りの敵に飛び掛かられ、起き上がる事もできないまま、斬り刻まれてしまうだろう。
近藤は摺り足で後方へ下がっていく。

「すまない、源さん。すっかり我を忘れていたようだ」

井上の元まで身を寄せ、再び刀を構える。そこでようやく、刀が刀でない事に気が付いた。

「これ程の数ですから、猛り立つのも仕方ありませんが、冷静さを失ってはなりませぬぞ」
「全くだ。俺とした事がはしゃぎすぎたようだ」

近藤は使えない刀を放り投げ、足元にあった誰のものとも知れない刀を拾い上げる。黒影が飛び掛かってきた。井上が身を捻って一刀すると、相手は眼前から消えた。

「まさに蜂の巣ですな。逃げる者など一人もいない。昂然としておる」
「あぁ。しかし何、後少しの辛抱だよ、源さん。もうすぐ幕府からの援軍が来る」

近藤は頬を歪めて笑う。どんなに攻め立てられようとも、この男の心は揺るがない。

「そうですな」

井上の目尻に皺ができる。剣戟の響きが鳴り渡り、近藤の気合いの雄叫びが家内に反響した。


気迫のこもった大音声が耳朶に響いてきた。斉藤は輪を描くように敵を斬り結んでいく。近くでは平隊士が力戦していた。三番隊の中で一番腕が良い隊士だ。おびただしい数の敵を前にしても怖じ気ず、敵陣の中を稲妻のように貫いていた。
月光が剣尖を閃かす。斉藤は下からはねあがってきた刀身を凌いで右に開き、一文字に薙ぎ払った。血が迸り、呻吟と共に階段を転げ落ちていく。
階段を駆け上ってくる浪士よりも、窓から入ってくる浪士の方が多かった。下から絶え間なく聞こえてくる剣戟音と断末魔の叫びが、その理由を物語っている。地上にいる精鋭達が、勇猛に健闘しているという事だ。
二階の役割は、南北の窓から来る敵勢を一階へやらないこと。階段付近を守る斉藤は、戦闘が始まって以来、浪士一人足りとも下に行かせなかった。
また一人、血を飛散させて地に伏した。斉藤は転がる死人を踏み越え、新たな敵の刃を弾き返す。そのまま横面を斬り込み、腰を捻って背後の敵に袈裟掛けを見舞う。目前で唸りを立てる白刃を飛び下がりながら外し、擦れ違い様に腰を薙いだ時、間近から耳朶の奥に残る程の甲高い音がした。
音の方を見遣ると、共に戦っていた隊士が、半分だけになった刀を構えて前を見据えていた。その視線の先では、剣尖を高々と突き上げた浪士がいる。
斉藤は咄嗟に刀を拾い上げ、浪士に向かって投げつけた。矢のように宙を走る刀に気付いた浪士は瞬時に弾き返す。隊士はその隙に素早く間合いを開き、死人に突き刺さっていた刀を引き抜いた。
危機を脱した部下を確認した斉藤が、前方を向いた瞬間、横合いから飛び出してきた浪士に突き飛ばされる。板壁に叩きつけられるも、すぐ様、体勢を立て直し、真っ向から迫ってきた白刃を弾き返した。

「おい!斉藤!大丈夫かっ?!」

先程の尋常ではない金属音に、近藤が声を張り上げながら駆け寄ってきた。斉藤は走らせていた刀を止める。

「大丈夫です」
「そうか。固まっていた方がいいな」

近藤の横手で敵刃が閃く。共に来た井上がすかさず、上段に構える敵の胴を斬り裂いた。
外から喚き声が聞こえてきた。多数の灯りが上下しながらこの屋敷へ近付いてくる。

「…こちらの援軍ではなさそうだな」

近藤は眉をひそめた。散らばる木片が小さな音を出す。傾いた棚の陰から山崎が姿を現した。

「斉藤さん、表へ行って下さい」

斉藤は「わかった」と返事をすると、抜き身を片手に走る。斉藤を追おうとする敵の太股に山崎の投げたクナイが刺さった。
斉藤は窓から一階の屋根へ飛び降りた。地上に浮動する多数の灯火は消され、激しい剣戟の音が沸き起こった。


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