小説 2

月下の剣戟 4

煙のような埃が立ちこめる屋敷の中を土方は駆け抜けていた。閃く刀刃を打ち落として逆袈裟に斬り、向かってきた足を薙ぎ払い、背後の敵に肘打ちを食らわして振り向き様に一刀を見舞う。少し先では、杉原が荒々しい剣技で敵を斬り伏せていた。家具が倒され、襖が砕ける。血染めの畳には、呻吟する男達が転がっていた。
中庭に通じる戸が蹴破られ、敵の一団が喊声を上げて乗り込んできた。雷鳴のような家鳴りがする。刃が交わる音が鳴り響く。土方は連なる剣尖の中を恐れもなく飛び込んだ。笛のような刃鳴りが間近で湧こうとも、果敢に攻め込んでいく。
注がれる月明かりが、血溜まりから揺らめく湯気を浮き上がらせていた。土方は袖口で頬を拭いながら外を見た。上空には明るい月と星が散らばっているが、地上には光一つない。

「表はどうだ」

土方は暗闇に話し掛けた。同色の者が浮かび上がる。

「一時、混乱していたようですが、今は持ち直しています」

各配置についている隊長達に伝達をしている山崎だ。今し方見回ってきた戦況を土方に報告した。

「…期待なんざしてねぇが」

土方は呟く。表の事ではない。恐らく来るだろうと思われる幕府兵の事だ。

「どれぐらい来てんだ」
「東の長屋で多数の人影を見ました。後、時計塔の近くに一団がいます。恐らく、飛び込む機をはかっているのだと。二の手三の手、と分けていますね。今で全体の半数程でしょう」

常人ならば、うんざりとする内容だが、この男の胸中では、喧嘩好き特有の高揚感が沸き起こっていた。峰を担いでいる肩を動かし「ふん」と鼻を鳴らす。

「楽勝だ」

傍で力戦していた丘が「えぇ?!」と驚きの声を上げた。土方が睨むと、慌てた様子で槍を構え、敵に向かっていった。

「直に次の波が来る。時計塔の奴等が灯し始めたら、斉藤に表へ出るように言え。もし、負傷してる奴がいたら裏にまわせ」

裏手には、数名の救護班を忍ばせている。先程まで、原田が応急処置を受けていた。今は復帰し、裏を平隊士二名と共に守っている。

「了解しました」

山崎が闇の中に消えた。
例え、幕府の援軍が来たとしても終局に近付いたところで現れるのではないか。制圧した隠れ里を綺麗な鎖帷子達が我が物顔で練り歩く。
そんな事などどうでもいいか――土方は嘲るように口角を上げる。短くなった煙草を噴き捨て、刀の峰を肩に押し当てたまま、颯爽と渦巻く敵の中へ入っていった。

まだ半分なのか、丘は槍の石突き部分で二、三度床を突き、再び胸の高さまで構えた。左右の刀を払い退け、前方の敵の下肢を突き、穂先近くまで手をずらして、一気に胸を突く。一歩下がり、頭上で槍を回転させながら周りの敵を薙いでいった。
踏み込んでから、だいぶ時間が経つが、敵の攻撃は未だ猛威を奮っていた。丘は土間から茶の間を抜け、裏座敷へ駆け込む。途中、階下に群がる浪士達が襲ってきたが、足払いを掛け、捻り込んで胸を突き、刀を叩き落として突き上げ、身を反転させて左右の敵を斬り払った。
木板が血で粘る。顔を潰された男が、床の間に片足を投げ出して倒れていた。外から喚き声が聞こえる。裏庭で攻防している原田が仲間に活を入れていた。
八畳程の座敷部屋に入ると、頭上から太刀を振りかざした浪士が降ってきた。同時に横からも刀をきらめかせて斬り込んでくる。丘は二本の刀を頭上で交差し、巻き技で跳ね飛ばそうとしたが、投げつけられた火鉢の灰を被り、眼を開けられなくなった。
咄嗟の勘で後方へ跳び下がると、下から刃風が巻き起こった。背を壁につけ、敵を近付けさせまいと目が見えないまま、夢中で槍身を振りまわす。何度も畳を削る感触が伝わってきたが構わなかった。
腕に激痛が走り、横から強い衝撃を受ける。よろめき踏ん張れず、尻もちを付いた。
徐々に眼が開いてきた。すぐ様、立ち上がろうとした時、傍で大きな音が鳴り響く。粉々になった襖の破片が、丘の頭上に降り注いだ。
取り巻いていた浪士達が、血潮を上げながら倒れていく。丘の目の前で、杉原が飛び散る木片を吹き飛ばす程の猛撃を繰り返していた。
丘は目を輝かせて杉原を見上げる。

「杉原さん!マジ救世主!ありが」

けたたましい破壊音が丘の言葉を遮る。杉原は無言で浪士を横一文字に薙ぎたて、肩に袈裟掛けを浴びせて倒し、逃げ腰になる敵の頸椎を深々と斬りつけ、来る者立つ者全ての敵を斬り伏せながら去っていった。

「…」

気付けば部屋にいた浪士全員畳に伏している。丘は片膝をついたまま、呆然と嵐が過ぎ去った後を見つめていた。
二階も激しい争闘が繰り広げられているのだろう。天井が軋み、梁が揺れていた。


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