小説 2

月下の剣戟 3

形のくずれた門近くで行われている戦闘は、壮絶を極めていた。
永倉は刀を躍らせ、敵の壁を削ぎ落としていく。血飛沫の下を潜り抜け、横合いから抜き出た刀を払い落とし、臑を薙ぎ払う。よろめく体を蹴り倒し、振ってきた刀を受け止めつつ片足を下げ、敵刃を払ったと同時に、双手で持った刀を一閃させた。
斬り放された相手の両手首が、敵陣の頭上へ投げ出される。前のめりに倒れ込む男の後ろでは、新たな剣光が見えていた。敵は死を恐れず、凄絶な反撃を繰り返す。断末魔の叫びと気合いの雄叫びが絶え間なく続いていた。
横薙ぎの刃鳴りが鼻先を掠める。永倉は敵の懐に刀身を潜らせ、一気に腹から肩へ逆袈裟に斬った。次々とくる容赦ない攻撃に息つく間もない。右からの刀を弾き、続けざまにきた拝み打ちを避けた時、背中に藤堂の腕が当たる。

「平気か?」
「お前こそ」

息を吐くような問い掛けに永倉は短い答えを返す。この掛け合いも何度目だろうか。連なる剣尖はいっこうに減る気配がなかった。

藤堂は離れてしまった二木が気になっていた。彼が入隊した時から気に掛けていた元教え子だ。無事だろうか、と見渡すも辺りは敵だらけ。獣のように歯を剥き出して襲ってくる。
下段から斬り上がってきた刀を払い、切り返して横面を打つ。血走った眼で飛び掛かる敵の胸に肘打ちを食らわし、額を縦にひと薙ぎした。
群がる敵の中から、大小の刀を持った男が躍り出た。飛んできた剣尖を飛び下がって外し、踏み込みつつ斬りあげるがやり損じる。すぐ様、刃をひるがえし、袈裟に掛けようとしたが払われ、返し技が跳ね上がってきた。
藤堂は素早く刀身を立てて反撃を凌いだ。手の甲に巻いていた下緒が切れ、露わになった傷口から血が溢れ出る。
二刀流の男の力量は、他の者と比べると明らかに抜き出ていた。もしかして、名のある剣士じゃないか、と藤堂は思うが、冴え渡る月明かりの下でも顔が判別しにくい――いや、確認する余裕がない、というのが正直なところ。神速に舞う二本の刃筋は正確に藤堂を捉えていた。
男は甲高い気合いを発した。剣豪の右の刃が唸りを立てる。横手から同士討ちも恐れない別の白刃が突き出てきた。
藤堂は敵の刀を受けつつ半身に開き、別の角度からきた突きを脇下へ逸らす。間を置かず、左の刃が藤堂の横鬢を狙う。咄嗟の勢いで鞘を抜き取り、力任せに振り上げて猛打を受け止めた。
鞘を握る傷ついた手に、突き刺さるような激痛が走った。防いでいた鞘が手元から離れ、敵の切っ先が刃鳴りと共に藤堂の額を裂く。藤堂はよろめき、片膝をついた。
仲間の異変に気付いた永倉が、目の前の敵を押し退けて駆け寄ってきた。

「大丈夫か?!」
「掠っただけ」

藤堂はすぐ様立ち上がる。額から流れ出た血が目に入り、顔をしかめた。

「奴は俺がやる」

永倉は二刀流の男を睨みつける。降り注ぐ白刃を潜り抜け、真っ直ぐに向かっていった。
少し離れたところから発する別の剣戟音が藤堂の耳に入る。その音は徐々に近付いてきていた。すぐ近くから悲痛な叫び声がした。

「いた!」

胸から血飛沫をあげ、仰向けに倒れ込む浪士の向こうから沖田が現れた。藤堂の目前にいた敵も、吃驚した様子で振り返る。目を見開いたその顔は、一振りの刀によって縦一直線に割られた。

「藤堂さん!」

離れてしまっていた二木だった。血を振りまく敵を肘で押し退け、藤堂の元へ身を寄せる。

「二木!無事だったか!」

気にしていた元教え子の姿を見て、藤堂の表情が明るくなる。
沖田は浪士を斬り伏せた後、呆れたように溜め息を吐いた。

「凹助ェ、人の心配より自分の心配したらどうなんでィ」
「お前、裏じゃなかったか?」
「山崎が行ってくれって」

藤堂の問いに、沖田はぶっきらぼうに答える。片手で持つ刀をひと振りして風を切ると、再び、敵陣の中へ入っていった。

永倉は依然、両刀遣いの男と激しい戦いを繰り返していた。
振り下ろされた白刃を踏み込んで交わし、擦れ違い様に斬り上げる。相手は巧みに外して斬り返した。永倉は身を低くして避け、足元を狙うが翻ってきた刀身に弾かれる。頭を貫こうとする敵の剣尖を飛び下がって避け、膝を弾ませて飛び上がり、一気に間合いを詰めた。
面を割る勢いで刀を振り下ろす。相手は後ろへ下がりながら、永倉の刀を押さえつけ、そのまま刀の間に割り込み、顎に向かって肘打ちを繰り出した。
鈍器で殴られたかのような強い衝撃が、永倉の足元をふらつかせる。敵はすかさず、刀身を横に開き、首を斬り離すべく、刃を横一文字に払った。
永倉は夢中で跳ね退け、倒れている浪士の手元にあった刀を蹴り上げる。宙に浮いた刀を取ると、追い打ちにきた刀を弾き、もう片方の刀で相手の左腕を斬り離した。
永倉の見事な立ち回りで、片腕を失った相手だが、それも気付いていないのかと思わせる程、反撃の勢いは止まらない。間を置かず、なくなった腕から噴水のような血を散らしながらも、切っ先を閃かせて逆袈裟に掛けてきた。
肘打ちのダメージが残っている永倉は、決死の猛打を避けきれず、左胸から肩に掛けて斜めに斬られる。しかし怯まず、そのまま懐に入り、胴を深く斬り裂いた。
二刀流の男は、おぼつかない足取りで後ろへ下がる。余程、精神力の強い男なのだろう。片腕を失い、腹から大量の血を流しながらも尚、立ち向かおうとしたが、やがて両膝を付き、前のめりに倒れ込んだ。
男の腹から臓器が流れ出る。両肩を激しく上下させる永倉の背後から沖田が声を掛けた。

「えらく苦戦してたみてぇだけど、俺なら最初の一太刀で決めてたぜ」
「…」

永倉の眉間にしわが寄る。いつの間に来たのか分からないが、とりあえず、あの亜麻色頭を殴りたいと思った。
二刀流の男が地に伏したのを見て、周りの浪士達がざわめき出した。明らかに動揺している。この隠れ里の幹部的な役割を持つ者だったのだろう。

「山崎なら知ってるかもしれないな」

藤堂が言った。
浮き足立っている者もいるが、まだ果敢に攻めてくる者もいる。表の戦いはまだ終わりそうになかった。


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