小説 2

月下の剣戟 2

おびただしい数の新手がやってきた。腹底に響く喚声が轟き、進軍する足音が地を揺らす。敵は皆一様にいきり立ち、自分達の巣に侵入した獲物に向かって、餓狼のように飛び掛かった。
表はごった返していた。永倉は敵中を縦横に疾走し、襲い狂う黒影に白刃を浴びせる。敵の刀が頬を掠めていった。伸びた腕を見るなり、刀を一閃させて打ち落とす。叫び立てる敵のこめかみを深々と斬りつけ、立木を盾にして迫る敵刃を防ぎ、袈裟に斬り立てる。浮動する剣尖を打ち払い、はね上げた刃で顎を割った。
粘り気のある血が束となって顔に掛かる。むせかえるような臭いに襲われるが、咳込んでいる暇などない。永倉は顔をしかめつつ、頭上で刀を受け止め、そのまま剣尖を半回転させて、敵の胴を打った。
立木に背を向けて刀を振るう永倉に向かって、二本の刀身が同時に攻めてきた。閃く剣光のうちの一つを弾き、もう一つは仰け反りながら交わす。腕が痺れる程の猛撃を受け、永倉はよろめき、立木に背を打ち付けた。相手の姿を確認する間もなく、弾丸のように空を貫いてくる剣尖が目前まで迫る。倒れ込むように避けた永倉の横手から、赤く染まる下緒で手の甲を覆った藤堂が斬り込みに入った。
敵は藤堂の刃を右の刀で払いのけ、すぐ様、左で横面を狙う。藤堂は刀身を立てて防いだと同時に蹴りを繰り出した。後方へ飛んで避けた相手は大小の刀を扱う両刀遣いだった。

「上等なもんが紛れ込んでやがる」

永倉は苦々しく舌打ちをする。突如来た強者の周りに更なる敵が群がり、重囲に陥った。

「いけるか?」
「あぁ」

藤堂の問いかけに、永倉は力強い答えを返す。藤堂はどんな修羅場に遭おうとも、仲間への気遣いを忘れない。背を合わせる二人は、再び刀を舞わせ、飛び掛かる敵を斬りむすんでいった。


剣戟の音は鳴り止まない。浪士達は怒涛の如く押し寄せてくる。
表口の近くでは二木が一人で奮闘していた。最初は共に表を守る永倉達と固まっていたのだが、敵の増援の波に押され散らばってしまう。一人いた平隊士は、敵の刃に斬り刻まれて惨死している。骸は踏み荒らされ、敵の物と混じり見る影もなかった。
打ち込んでは素早く引き、薙ぎ払っては後退する。二木は膝をばねのように弾ませて飛んでいた。果敢に攻めくる敵の背後を、何人もの浪士達が駆け抜けていき、屋敷内へ入っていく。構うことはない。中では土方の指揮の元、近藤を始め、たくさんの剣豪達が力戦しているのだ。
拝み打ちを弾き上げ、袈裟に斬っては身を捻り、上段に構えていた敵の腰車を打つ。一旦引き、飛んできた刀身に己の刀を叩きつけて巻き落とし、そのまま逆袈裟に斬り上げた。
敵が喚き立て、刀を振り上げて飛び掛かる。受け止めようとした瞬間、横合いから体当たりを食らい、土壁に叩きつけられた。上から迫り来る白刃を夢中で防いだ時、猛打に耐えきれなかった刀身が、鍔もとから少し残して折れてしまう。
しまった、と身を凍らすが、敵は容赦なく攻め立てる。土壁に背を付けたまま、折れた刀で凌いでいたが、腕を斬られたと同時に弾き落とされた。
覚悟を決めなければならないかと思ったその時、群がっていた敵が悲鳴を上げた。血飛沫を上げる浪士達の合間から、亜麻色の髪が見え隠れする。裏を守っていた沖田だ。二木は目を見開いたまま、両肩を激しく上下させる。

「ほい」

沖田は抜き身の刀を二木に放り投げる。二木はそれを受け取り、すぐ様、青眼に構えた。

「すみません。助かりました」
「他は?」
「永倉さん達とは離れてしまって……坂城さんは」

二木は敵の刃に掛かった平隊士の事を行った。一番隊の隊士だった。沖田は前を見据えたまま「そうか」と短く返す。

「合流するぞ」
「はい」

二人は同時に敵の塊の中へ飛び込んだ。甲高い金属音と叫喚が交錯する。血溜まりに浮かんだ満月が不気味に揺らいでいた。


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