小説 2

新入隊士がゆく‐訓練‐

新人隊士は配属されたその日から市中巡回に…などということがあるわけがない。
もし不逞浪士に遭遇しようものなら新人隊士は足手まといにしかならないだろう。何故ならほとんどの者が真剣を持った事などないからだ。

もちろん俺もその中の一人。

道場前に巻き藁が数本立っている。そこへ新人隊士が集められた。
今から、真剣の扱い方を副長自ら俺達に指導してくれるらしい。楽しみなような恐ろしいような…。
他の者も俺と同じ思いなのだろう。皆の顔が緊張で強ばっている。

背後から砂利を踏む音がした。
土方副長だ。煙草を吹かしながら新人隊士が固まっている場所へと歩いてくる。皆一様に背筋を伸ばし敬礼をした。

俺は敬礼をしたまま副長が前を通り過ぎるのを待つ。副長の後ろを数本の刀を抱きながら付いて来ている黒髪の平隊士がいた。

…確かあの人は平隊士は平隊士でも各隊には所属していない監察方の人だ。
敵方のありとあらゆる情報収集はもちろんの事、疑わしい者…つまり裏切り者を見つける為、隊士達の近辺にまで調査をする。他に密偵として敵の拠点に忍び込むなど攘夷浪士共によるテロを事前に防ぐ為にはかかせない役職。

平隊士の隊服を着ているが、その監察方筆頭の方だった筈。名前は何だったか…や、や、やま…


山口さんだったか…


「じゃあ、始めるぞ」

副長がそう言うと、隣にいた山口さんが持っていた刀を隊士達に配っていく。

「はい、どうぞー」
「ありがとうございます」

結構重い。以前、真選組の隊士が浪士と打ち合っていたところを遭遇した事がある。その時、隊士達は片手で刀を軽々と振り回していたのでこの重量は意外だった。
俺の周りの隊士達も目を丸くし、まじまじと眺めたり、上下に揺らしたりと刀の重さを確かめていた。

「大体1キロ前後だ。刀の種類にもよるがな」

そんな俺達の心の中を見透かしたように副長は言った。

「その重さがゆえ、慣れない者が無闇やたらに振り回すと勢い余って自分の足の指を切断してしまったりする。抜刀時に指を切る奴なんざ珍しくもない」

副長は自分の腰に帯びていた刀を抜き、片手青眼に構えた。

「コイツを振る際、この重さに遠心力を加えりゃあ指ぐらい手応えなくスパッと斬れちまうぜ。討ち入り後は人の腑より指の方がそこら中、散らばってっからな」

突然話が生々しくなった。
まぁ、しかし実際はそうなんだろう。俺も近い未来、目にする事だ。身が強ばり、思わずゴクリと生唾を飲む。

「まず刀の重さに慣れる事だ。止めろと言うまで鞘を付けたまま素振りをしろ」

俺は両手で柄を持ち青眼に構えた。それを上段から風を切るように振り下ろす。
どこかの道場では極太の木刀で何百回も素振りをしながら手首を鍛えているらしい。そうすると頑強な手首になり、打ち込む力が格段に強くなるという。

「ちなみに今振っている刀は隊の物だ。この訓練が一通り終わったら銭をくれてやる。各自、自分に合った得物を手に入れてくれ」

副長は刀の切っ先を地面に突き刺し、ひたすら刀を振っている俺達に向かって言った。
佩刀選びから任されるのか。これは後程しっかりと勉強して

「待ちやがれ!!」

突如、どこからか叫び声が聞こえた。もしやまた攘夷浪士が屯所内に侵入してきたのかと思い、素振りを止めて声がした方を見た。

「そんな怒るこたぁねぇだろ」

道場の屋根から亜麻色の髪の少年が降り立った。続いて黒髪の小柄な青年が降り立つ。手には抜き身を持っていた。

「気持ちよさそうに寝てたから身長測ってみただけじゃねーか。15」
「わぁぁー!!!!言うなバカ!!」
「しかし…165は犯罪並の嘘でさァ。警察官としてどうよ?」
「殺す」

沖田隊長と二番隊の永倉隊長だ。
ヒュン、ヒュン、と刃鳴りを出しながら斬り掛かってくる永倉隊長の白刃を、沖田隊長は涼しい顔で軽々と避けている。

さすが特別武装警察真選組。隊長格といえども日々の訓練は怠らないようだ。

永倉隊長は小柄な体格なのに片手で重い刀を振り回している。真剣の重みを知った今、改めて考えてみると、あの人は意外に力あるんだな、と思った。
沖田隊長も疾風の如く繰り出される永倉隊長の白刃を全て余裕で避け続けている。素晴らしい敏捷な身のこなしだ。

凄い。
まさか真選組凄腕ナンバー1とナンバー2の訓練を目にする事ができるなんて。

しかし、俺の感動とは逆に副長のこめかみには血管が浮き出ており、片眉をピクピクと痙攣させていた。


どこからどう見ても怒っている。


副長は溜め息と共に紫煙を吐き出し、どこからかバズーカを取り出した。そして、二人に向かって躊躇なく発射する。

――ドカァァーン!!!

初めて真選組屯所の門を潜ってからもう何度目になるだろうか。火薬が爆発する音が屯所内に響き渡る。

「…お前等、誰が手を休めて良いと言った?」

立ち上る黒い煙をバックに鬼の副長はギロリと俺達を睨んだ。
ハッ!と我に返り再び素振りを再開する。

傍らでは苦笑いをする山口さんの姿があった。

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