小説 2

サンタと女と友情と 6

「!!」

原田が吃驚したように目を見開き、勢い良く振り向いた。優に刀を向けている男がニヤリと笑う。

「見た?」
「見た見た」

永倉の問いに藤堂は頷いた。
一見、男が原田の隙をつき、憂を人質にとったかのように見える。だが、永倉達の目はしっかりと真実を捉えていた。憂が原田の服から手を離し、自ら男に近付いたのだ。
つまり憂はわざと人質になったという事。

「武器を捨ててもらおうか」

ボスらしき男がくつくつと笑った。原田は舌打ちをし、悔しそうに歯軋りをしている。
やはり、男達はただのチンピラではなく、攘夷浪士――憂もその仲間だ。

「行くか」

永倉は腰を上げ、鯉口を切る。恐らく、原田は刀を投げ出す。そうなると不利になる事は明らか、人情深い男は決して手を出さないだろう。

「…だな」

藤堂は短く嘆息を吐き、刀に手を掛けた。刀身を喉に当てられている憂が笑っているように感じる。友人を罠にはめる様を目の当たりにすると、可愛らしい子猫がずる賢い女狐のように見えてきた。

「おらおら、どうした?」
「綺麗な肌が裂けちゃうよん」
「助けて!右ぅたん!」

浪士達は口々に煽り憂が叫ぶ。原田は刀を持つ手に力を込めていた。
永倉と藤堂が助けに入ろうと構えた――その時だった。

「うぉ?!」

憂を人質にとっていた浪士が、何かから顔を庇うように手を払った。小さな木の棒が宙を飛ぶ。
原田がその隙を見逃す筈はなかった。滑るようにして浪士の懐に入り込み、腹へ強烈な肘打ちを食らわす。浪士は体をくの字に曲げながら飛び、スナックの看板に叩きつけられた。
真っ二つに割れた看板と共に気絶した男に見向きもせず、違う浪士に襲い掛かる。刀を構える間もなかった浪士は顔面に原田の拳をめり込ませ、鼻血の弧を描きながら吹っ飛んだ。
雄叫びが上がり、白刃が原田に迫る。原田は刀身を弾き、そのまま上がった両腕を掻い潜り、柄で喉元を突いた。ぐらりと揺らいだ浪士に蹴りを食らわせば、その背後にいた別の浪士諸共地面に倒れ込む。

「…」

永倉と藤堂は腰を浮かせたまま、茫然と見ていた。所謂これが愛の力なのか、原田の動きがいつもより機敏に感じた。

「ひぃ!」

残った浪士達は短い悲鳴を上げて逃げていく。先程巻き添えを食らった浪士も気絶した仲間を押し退け、這うように逃げて行った。

「大丈夫だった?」

刀を納めた原田は立ち尽くしている憂を見た。彼女の顔は青ざめており、体は小刻みに震えている。

「あ、怖かったよね?!もうだい」
「き、きゃあぁぁぁ!!!ごめんなさぁーい!!!」

憂は耳をつんざくような叫び声を上げ、一目散に逃げて行った。

「…え?」

原田の目が点になる。憂の肩に持っていこうとした手を宙に浮かしたまま止まっていた。助けた恋人の行動が意外だったのだろう、原田が固まるのは至極当然の事だ。足元の串のような小さな棒が寒風に押されて地面を転がっていった。

「メリークリスマスイブ!」

そこへ沖田がひょっこりと現れる。きょろきょろと周りを見回しながら一時停止をしている原田に近付いた。

「ん、あ?沖田?」

動き出した原田は瞬きをしながら沖田を見る。その背後から山崎が現れ、原田の肩を力強く叩いた。

「原田…格好良かったよ…うん」
「何泣いてんだ?お前」

頷きながら目の端を拭う山崎を原田は怪訝そうに眉根を寄せる。更にバンダナ頭の青年が現れ、眉間の皺はより深くなった。

「さぁーて、何処に行こうか右之助君!」
「ラブホ」
「行かねぇよ」

藤堂は沖田の答えに即座に返す。原田のハゲ頭から湧き出る疑問符は収まらず、突然出てきた仲間達を順々に指差した。

「いや、だから、なんでお前等が?つか憂たんは?あれ?」
「やっぱりクリスマスは仲間内でパァーッと呑むもんだよ!」

嬉しそうな声がした方を見れば、永倉が歯を見せて笑っていた。

「つか待て。お前等。少しは俺に考える余地を与えろ。あ、分かった。どっきりか?これ。なぁ」
「おぉー!ペットボトルの蓋の割には良い線いったねィ、右ぅたん」
「は、何?蓋?」

疑問に追い打ちを掛けるような沖田の言葉に原田は顔を歪める。

「あぁー!!もー!!!」

しかし、やはりペットボトルの蓋程度の脳。考える事が面倒くさくなり、両手でハゲ頭全体を乱暴に擦りながら天を仰いだ。

「意っ味分かんねぇ!!くっそ!呑むぞ!!てめぇ等!!」

傍にいた永倉の頭を押さえつけ、地面を踏みしめるように大股で歩き出す。藤堂と永倉は互いに顔を見合わせ、プッと噴き出した。
冬の澄んだ空気が星達をより一層綺麗に見せている。地上のイルミネーションと相まって江戸の町がキラキラと輝いていた。


[*前]







4人で攘夷組織の拠点に乗り込んだ方が熱い展開だとは思ったのですが、長くなるので止めました。

男の友情大好きです。


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