小説 2

サンタと女と友情と 2

衝撃的な出来事から一夜明けた。屯所の庭に降りた霜が陽に照らされ白く輝いている。食堂では朝食を取る隊士達で賑わっていた。

「んなアホな」

甘味処の一件を聞いた山崎は思わずボソリと呟いた。
だってそうだろう。女に全く縁が無かった男が数回行っただけの店の娘に告白されるなど、一体何処の調子の良い漫画だ。

「…で、早速原田は朝からその甘味処に行ってるのですか?」

山崎の問いに秋刀魚を摘む藤堂はバンダナ越しに頭を掻き、困ったように眉尻を下げた。

「浮かれるのは仕方ないと思うけど…何か突拍子も無い」
「恋人できて良かったじゃん」

永倉は差して気にしてない様子で食後の牛乳をひと飲みする。
山崎と共に興味本位で聞いていた沖田は身を乗り出して藤堂の前にある醤油を手前に寄せた。

「何処の甘味処でィ。バズーカ片手に茶化しに行ってやらァ」
「バズーカは置いて行きなさい。あの、大江戸スーパーの前の道沿いに建設中の建物あるだろ?その隣」

藤堂が甘味処の場所を言った途端、山崎の顔色が変わった。それに気付いた永倉は眉をひそめてコップを机に置く。

「何だよ、曰く付きか?」
「あ、えっと…」

三人から見つめられ山崎の目が宙を泳ぐ。真選組監察方の顔色を変える事柄といったらただ一つ。

「まさか、攘夷が一枚絡んでるとか?」

藤堂の言葉が核心を付いたようで山崎の顔の焦りの色は更に濃くなってきた。

「これは、その、確定ではないので……あ!洗濯物干さなきゃ」

主婦のような事を言って場を去ろうとする山崎の腕を藤堂が掴む。壊れたロボットのようにゆっくりと振り向いた先には剣尖が閃いていた。

「その話、詳しく聞かせてもらおうか。山崎君」

抜き身の刀を構える永倉の目が据わっていた。山崎の顔に大量の冷や汗が流れ出す。

「副長に事が明らかになるまで他言するなと言われてるんですよぉ…」

情けない声を出しながら後退りをする。沖田は立ち上がり、上司に忠実な彼の肩をポンポンと叩いた。

「そうかそうか。じゃあ話して良いでさァ。ほら、俺が言ったから土方のヤローの命令は上書きされたろ」
「されませんされません」

山崎は沖田の無茶振りに対し、首と手を横に振り、必死に否定する。

「皆さんが思ってる事は凄く分かるのですが…ここは一度、副長に相談してか」
「凹助、山崎固定」

沖田に言われた藤堂は山崎の両脇に腕を回し、両手を首の後ろで組み合わせた。羽交い締めにされた山崎は焦りながら目の前に立つ沖田を見る。

「言わぬなら言わせてみせよう山崎退」
「お、沖田さん…ここは穏便にひゃ、わ、はははっ!!ちょ、おき、ぎゃはははは」

沖田にくすぐられ山崎は涙を流しながら大笑いをする。一見、じゃれ合っているように見える隊長達を他の隊士達は好奇な目で見ていた。




くすぐり拷問の末、監察方筆頭は調査中の件を話す羽目になった。もしかして友人が危険な目に遭うかもしれない、だから折れたんだ、決して拷問に屈した訳ではない、山崎はそう自分に言い聞かせた。

まず、山崎は甘味処の主人――憂の父親が攘夷浪士と関係を持っている事を話した。それは確固たる証拠もある為に間違いはない。ただ、主人自身が攘夷を働いているのか、はたまた脅されているだけなのか、それがまだ分かってはいなかった。

「その隣に建設中の建物があったでしょう?それが攘夷組織の定宿として利用されるんじゃないか、と睨んでいるわけですよ」

攘夷浪士達の活動拠点と資金調達になるのではないか、土方はそう考えているそうだ。
粗方、話を聞いた藤堂は険しい顔でトントンと人差し指で机を鳴らした。

「おかしいと思ったんだ。普通、数回しか会ってない男に突然告りはしないだろ」
「失恋百戦錬磨のハゲ頭だもんねィ。いくらクリスマスの雰囲気に飲まれても一目惚れされるような男前には見えないでさァ」

沖田も肩を竦めて言った。
今、食堂内にいる者はまばらで、殆どの隊士は各自の任務についている。4人は食堂の片隅で話し合っていた。

「んじゃ、あの女、右之を利用する為に付き合いだしたのか?」

不快そうに眉根を寄せている永倉に続いて沖田も口を開く。

「原田の頭の中は空っぽでさァ。機密も何も引き出せやしないのに」
「狙ってるのが命だったら厄介だ。今ならまだ日も浅い。右之もあの子に入れ込んでない筈だから間に合うかも」

藤堂の言葉に山崎が頷いた。

「じゃあ早速その甘味処に行きましょう!…あ、その前に…副長に連絡を」
「しなくて良いよ」

永倉は報告に行こうと身を返した山崎の隊服を掴む。そしてそのまま引きずるようにして食堂を後にした。

「…チビらしくない。なんで報告しないんでさァ」

出て行く永倉達を見ていた沖田は首を傾げる。自由気儘な沖田とは違い、永倉は真面目な性格だ。自身の行動には一つ一つ慎重で決して突っ走ったりはしない。
藤堂は疑問符を浮かべる亜麻色頭に手を置いて立ち上がった。

「できれば夢見させたまま終わらせてあげたいだろ?事を大きくしたくないんだよ」

ぽんぽんと沖田の頭を軽く叩いて、食堂を出る。沖田は眉をひそめたまま再度首を傾げて藤堂の後を追った。


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