小説 2

サンタと女と友情と 1

(原、永、藤、沖、山)


江戸の町は五日後に迫るクリスマスモード一色。夜になると並木道を彩る色鮮やかなイルミネーションが道行く者の目を癒す。また、個人の家でも塀をきれいな電飾で飾ったり、庭に小さな光のオブジェを置くなど様々な演出がなされていた。
そしてここ、真選組屯所でも例に洩れず、敷地内を華やかな光の装飾で飾っていた。青を基調としたイルミネーションは夜になると幻想的な雰囲気を醸し出す。真選組局長案で始まったこれは、一番隊隊長筆頭に隊士皆で施した。「ここは警察署だぞ」と副長が顔を歪めて苦言を申したのは言うまでもない。



「でも昼はちと不格好だよな」

原田は外から屯所を見上げながら塀沿いを歩いていた。共にいる永倉と藤堂も原田に釣られ電飾に覆われた屯所を見上げる。小さな裸電球が彼方此方に垂れ下がり、外壁が良く見えない。藤堂は暖を取るように両手で温かい缶コーヒーを擦りながら白い息を吐いた。

「クリスマスは夜が本番だから」

それを聞いた原田の周りに暗いオーラがまとい出した。はぁ、と深い溜め息を吐き、両肩を落としてうなだれる。

「あぁ、そうか。男と女がイブの夜から翌朝に掛けて子作り行為か」
「すまん、そのつもりで言ったわけじゃなかったんだ」

パーティや宴会が催され、盛り上がる時間帯が『夜』というつもりで言った藤堂であったが、ハゲ頭の脳内では男女の情事に変換されてしまったようだ。
そうなると出てくるのは原田の恋愛事情。結婚願望が誰よりも強い筈なのに女には塵程にも縁がない、そんな男の愚痴が怒涛の如く吐き出されていく。

「平沢も永井も今日の夜から女の家でお泊まりだとよ。何でいつも隊長だけ置いてけぼりなのかね」

十番隊の隊士達には何故か女が寄ってくる。以前、七番隊隊長の丘が冗談混じりで「部下が隊長の女運を吸い取ってんじゃない?」と言った。原田はその言葉を真に受けとり、それから数日間、自分に部下を一切近付かせないといった事があった。
藤堂は友人の愚痴を苦笑いしながら聞いていた。一方、恋愛に興味がない永倉は暇そうに欠伸をかみ殺していた。


途中、甘味処に寄り、店先の縁台に腰を掛けた。愚痴も終盤に差し掛かり、藤堂が話題を変えようと機械音が鳴り響く建設中の建物を指差す。

「そこ、旅籠屋ができるらしいぜ。ここの主人がやるんだとよ」
「へぇ、儲かってるんだなぁ」

永倉は団子の串を片手に骨組みがされてある建物を見上げた。パッと見た感じからでも敷地は広く、かなり大きな旅籠屋になることは間違いない。

「看板娘が可愛いもんなぁ。気立ても良さそうで……ん?」

原田が賑わう店内を見つめたまま止まった。開けっ放しの引き戸から女性がお盆を胸に抱え、三人をじっと見ていた。藤堂もそれに気付き首を傾げる。

「何だろ?」
「噂をすればなんとやら。看板娘の憂ちゃんじゃねぇか」

原田の両頬が紅潮し始めた。黒い艶やかな髪は高めに結い、小さな花をあしらった銀のかんざしが、端正な顔によく似合う。細身の彼女をまとう女性らしい桃色の着物は、良い生地を使っているのか、風に揺れる度に光沢が際立っていた。
看板娘、憂はきょろきょろと周りを見回すと三人に近付いてきた。「おや?」と目を丸くする原田の前に立つと胸に抱いていたお盆を口元まで上げて、何か言いにくそうに目を泳がせる。

「…」

その仕草も可愛らしく、まるで子猫のような彼女に原田の鼻の下は伸びきっていた。

「えっと、何か用があるのかな?」

何も言い出さない憂に藤堂が話掛ける。

「あの…」

ようやく口を開いた憂の目線の先は原田だ。原田は「俺?」と自分を指差す。

「ずっと見てました!付き合って下さい」
「!!!」

――どぉーん!!と、突如出現した火山が大噴火を起こす。続いて絶滅した恐竜達が大行進をし、その中を白馬に乗った戦国大名が駆け抜けていった。

「えぇぇ??!!」

最初に声を上げて驚いたのは藤堂だ。若干引き気味に憂と原田を交互に見る。
あまりにも突然の告白に原田は瞬きをし、口を金魚のようにぱくぱくと開け閉めしていた。そのまま隣に座る永倉の肩を叩く。永倉は目を丸くさせたまま無言で原田を見上げた。

「結局、今年も背丈伸びなかったな」

光の早さで原田の顔面にストレートパンチが炸裂する。

「痛い…夢じゃねぇ…!!」
「もっと別の確かめ方無かったか?」

滝のような鼻血を垂れ流している原田に対して藤堂は突っ込みを入れざるを得なかった。


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