小説 2

網 6

遠くの方から刀が激しく交じり合う音が聞こえてきた。階段を下りる近藤の足が早まる。
自分が守っていた七階、そして先程の六階の光景は散々なもの。戸や装飾物、家具は一つ残らず壊され、元は白かった壁も赤く染まり、飛び散った腑がこびり付いていた。下に転がるのは体の一部を無くした死体達。
それらとは逆に五階は綺麗なものだった。恐らく四階を守る四、八番隊、六階を守る二、三番隊が浪士一人通さなかったのだろう。

先程からひっきりなしに聞こえてくる金属音はこの階からだ。鉄壁の守りを破り、この五階に侵入している敵がいる。近藤は足早に発生源を探した。

「近藤さん!」

土方が駆け寄る。近藤は足を止め、振り向いた。

「総悟と一緒じゃないのか?藤堂が一人で上に行ったと言っていたが」
「いや?会わなかっ…もしや、あれは総悟か?」

近藤は眉を寄せて、甲高い音がする奥を見据えた。

「…下には中浦がいたな…三人衆の一人かもしれねぇ。行こう」

土方が言う三人衆とは、この襲撃テロの中心となり実行に移したとされる過激派攘夷浪士、中浦、横塚、そして高峰重朗、この三人の事だ。
近藤は頷き、土方と共に音がする方へ走った。


会議室の回りを廊下がぐるりと囲んでいる。その廊下から会議室への出入り口は一つしかない。窓がない構造にしている訳は、外部からの侵入者を防ぐ為であった。
近藤の視界に亜麻色の髪が飛び込んできた。腰を落とし、刀を横に構えて前を見据えている。
近藤は柄を握る手に力を込め、助太刀に入ろうかと思ったその瞬間、

――ドォーン!!という重い爆発音が耳をつんざいた。
突然の凄まじい爆風を浴び、近藤は壁に背中を強く叩きつけられる。顔をしかめながら目を開けると、瓦礫の上で俯せに倒れている沖田に向かって男が刀を振り上げていた。

「総悟!!」

近藤の目が大きく見開き、床を蹴る。近藤が間に入る前に、土方が飛び込んできた。
男の刀が土方の刀に弾き返される。流れるような動きで土方は手を瓦礫の上に付くと、それを軸に蹴り技を繰り出した。
男は後方へ飛んだ。近藤は上体を起こしかけている沖田の元へ行く。

「高峰か」

立ち上がりながら土方は言った。高峰と呼ばれた男は鼻で笑う。

「幕府の犬も飼い主がいなくなった今、ただの野良犬になったなぁ」
「…何?」

沖田の肩を抱えていた近藤の眉がぴくりと上がった。

「役人共の逃げ道だった裏は爆破させてもらった。見ろよ」

高峰は近藤の目前に手の平サイズの液晶画面を放り投げた。そこに映っていたのは黒煙が上がる中、血に濡れた幕府の天人達の姿。

「見事なもんだろ?お前等が表で遊んでる間に奴等はドカンよ、ハハハ」
「それがどうした」

笑い声を遮るかのように放たれた言葉に、高峰は口を開けたまま止まった。驚愕した表情でいる近藤と沖田とは逆に、土方は何食わぬ顔で刀の峰を肩に担ぐ。

「んな事より喧嘩の続きしようぜ」
「ふむ…面目など関係ないといった感じか。それとも自棄になったか…どちらにせよ、幕府も真選組も終わりだ。貴様等も俺が手を下さなくとも処罰されるだろうよ」

高峰はそう言い、懐から小さな玉を取り出して床に叩きつける。空気が抜けるような音と共に白い霧が噴き出した。

逃げる気か、土方は顔をしかめながら目を凝らす。
僅かに見える黒い影が背を向けた。土方は刀を構え、駆け出す為に重点を片足におく。

「ぐわっ!」

前方から高峰の苦痛めいた悲鳴が上がった。黒い影が崩れるように土方の目前から消える。
土方は構えを崩し、辺りを見回した。白いもやが徐々に薄くなっていく。

「副長、全階片付きました」

晴れた霧から山崎の姿が現れた。数メートル先には高峰が倒れている。太股に数本のクナイが刺さっており、苦しげに噴き出す血を押さえていた。

「ようやくか。まぁまぁだったな…高杉ぐれぇの大物を期待したんだが」

土方は刀を納め、懐から煙草を取り出す。山崎は携帯電話で隊士にこちらの方へ来るよう伝えていた。
瓦礫の上に転がっている小さな液晶画面では、警護相手である要人達がだらしなく口を開けたまま、焦点の合わない目を見開いている。中には虚空を掴んで苦しんでいる天人もいた。近藤は怪訝そうな顔で立ち上がり、土方の肩を掴む。

「…トシ。由々しい事態になっていると思うのだが、何故そんなに落ち着いているんだ?」
「頭おかしくなっちまったんですかィ?確かに指名手配犯の捕縛は成功してやすが、警護は失敗してやすぜ」

沖田も不快そうに顔を歪めながら言った。骨が折れたのか、片腕が力無く垂れている。

「あ、あぁ…実は」

煙草をくわえた土方が振り向いたその時、会議室に通じる両開きのドアが開いた。中から眼鏡を掛けた男が半身を覗かせる。

「終わったのかしら?」

五階を守っていた、とされている武田だ。きょろきょろと辺りを見回し、終わった事を確認すると部屋から出てきた。

「ねぇねぇ、どうだった?中々グロかったでしょ?」

武田は面白そうに笑いながら土方の肩を叩いた。土方は嫌そうに顔をしかめながらその手を払いのける。

「芝居だ」
「…は」

土方の言葉に近藤と沖田は口を開けたまま固まった。武田は「おや?」と目を丸くさせながら二人を見る。

「…やだ、何?もしかしてアナタ…伝えてなかったの?」
「その方が敵を騙しやすい。味方にも気合いが入る」

武田は口に手を当て「まぁ!」と声を上げた。

「それならそうと言ってよ。私と副長さんとの秘密のさ、く、せ、ん。もっと気合い入れたのに」

土方の体がぶるりと震えた。

「…も、も、もしかして…実は会議が中止になっていた、とか?」

土方に問う近藤の声が上擦る。土方は紫煙を吐きつつ、壁にもたれかかった。

「いや、やってたぜ。ただし、別の所でな」
「網を仕掛けたのよ。せっかくあっちが大それた計画立ててくれてるんだもん、無駄にはできないわ」

武田は可笑しそうに笑いながら小さな画面を指差し、話を続けた。

「その映像は私が作ったの。奴等は監視カメラの映像を盗んで機をはかってたんだろうけど、全部私が会議室で作ってたもの。ほんと、天人の技術は凄いわねぇ」
「ありえねぇー!!味方まで騙すか?!普通」

それまで黙って聞いていた沖田が叫んだ。ゴロンと寝転がり、拗ねたように頬を膨らます。

「敵を欺くにはまず味方から」

土方はそう言い放ち、ニヤリと笑った。


[*前]







戦闘シーンをたくさんにしよう、と思い頑張った結果、5Pが限度でした。そしてどうせだからと思い、全員だしました。

ただバトルしているだけじゃなんだし、という事でこのようなオチに。

山崎の出番が少なかった気が…


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