小説 2

網 5

袈裟斬りを峰で弾いて切り返しを掛ける。滑るような足取りで左に回り、横一文字に刀を振ると敵の手首が飛んだ。

永倉は肩で息をしながら五階へ通じる階段の方を見た。斉藤が重要指名手配犯、横塚良輔を相手にしている。二本の刀を自由自在に操る相当な剣豪だとの噂がある過激派の攘夷浪士だ。
助太刀に行こうかと身を返した時、永倉の視界を遮るかのように数人の浪士達が刀を振り上げ飛び出してきた。

舌打ちをし、刀を構える。正面からの打ち込みを跳ね上げつつ、左肩で突き飛ばし、右からきた敵の刃を払い、首を深々と斬り裂いた。小柄な体格を利用し、降り注がれる白刃の中をかい潜りつつ、剣尖を躍らせる。

――突如、下の方から爆発音がした。建物が僅かに震え、体がよろめく。
会議室がある五階からではない。爆弾でも放り込まれたのだろうか、永倉は焦燥めいたものを感じた。

横塚と打ち合っている斉藤の元へ浪士達が群がっている。永倉は地を蹴り、助けに入った。横に振っていた浪士の腕を切り落とし、その場から退けるように蹴り飛ばす。
横合いから刃風を感じる。斉藤と横塚が激しい剣戟戦を繰り広げていた。


横塚が斉藤の刀を受け流して右に跳ね上げ、もう片方の刀で真っ向上段から袈裟に斬る。刀身を翻す仕草が省略される分、避ける事が難しいのだが、斉藤は体を捻りつつ果敢に交わし、その反動で腰車を打つ。
斉藤も永倉も、かれこれ長時間休むことなく刀を振るっていた。体力の限界は当の昔に越えている。
横塚は斉藤からの拝み打ちを組み合わせた二本の刀で挟むようにして受け止めた。斉藤は引き離そうとするが、凄まじい回し蹴りを食らい、床に倒れ込む。

「終!」

永倉が叫ぶ。追撃を阻止する為、すかさず二人の間に入り込んだ。
横塚は踏み込みつつ、片手青眼に構えた永倉を下段から斬り上げる。受けられると右の刀を回し、永倉の刀を持ち上げて押さえ付けた。構えが乱れたところに左の刀が迫る。永倉は咄嗟に腰の鞘を引き抜いて猛打を凌いだ。
横塚は息を吐く間も与えず、胸元目掛けて剣尖を突き立てる。永倉は身を屈めながら横へ避け、そのまま床に両手をつき、左足を軸にして足払いを掛けた。
永倉の頭上で腕が飛ぶ。体勢を崩した横塚の片腕を斉藤が斬り落としたのだ。

その刹那、永倉の眼前で黒い塊が転がってきた。

「なっ…!」

――手榴弾だ。そう思った瞬間、黒い塊が破裂した。



外壁が壊れる。爆風に飛ばされた永倉は小さな破片と共に建物の外へ放り出された。
六階から落下すれば確実に助からない。しかし間一髪、斉藤が永倉の手を掴み、建物内に引き込んだ。

「助かったぁ…」

永倉は座り込み胸を撫で下ろす。頭に鈍痛が走り顔をしかめた。手を当てるとドロリとした血が張り付く。どうやら爆発の際に負ったようだ。

「大丈夫?」
「終こそ」
「あばらやられたみたい」

脇辺りを押さえながら斉藤も座り込む。あちらこちらで白い煙が細く立ち上っていた。小さな瓦礫の山から破片が崩れ落ちる。
永倉は短く溜め息を吐き、斉藤を見た。

「アイツは?」
「んー…できれば下に落ちててほしいんだけど」
「斉藤!永倉!」

二人の元へ七階にいた近藤が駆け寄ってきた。

「爆弾か?!」
「そのようですね」

疲労困憊した永倉が力無く答えた。

「一体誰が…」

斉藤が呟いた。敵である横塚まで巻き込まれている。何者が投げ込んできたのか不明であった。

「下でも爆発があったようですが…もう要人達は建物内から避難しているんですよね?」

永倉の問いに近藤は眉をひそめた。

「実は俺も現状がよく分からないんだ。お前達は休んでろ。俺は下に行く」

近藤は瓦礫を踏みながら足早に階段を下りて行った。


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