小説 2

網 4

中浦五郎、指名手配中の過激派攘夷浪士。自分と同じ年ぐらいだろうか、藤堂は青眼に構え、中肉中背の男との間合いをはかる。
同じく攻め時を狙い、摺り足で左右に動いていた中浦は、藤堂の動きが一瞬止まったと同時に地を蹴った。
凄まじい捻り打ちを藤堂は後方に飛んで避ける。肘を下げ、片足を滑るようにして前へ出し、喉元を狙った。中浦は後ろへ下がりながら打ち落とし、切っ先をまわして藤堂の横面を打つ。それを寸前のところで交わした藤堂は、腰を落とし片膝に力を込め、踏み込みながら逆袈裟に掛けた。中浦は僅かに仰け反りながら避ける。藤堂の剣尖は中浦の衣服を斜めに切り裂くだけで終わった。

さすが、相手は指名手配犯とあって剣の腕は冴えていた。
再び襲い掛かってきた中浦の白刃を弾き、上段から振り下ろすが、鍔元で受けられる。そのまま力業で押し返され、バランスを崩した。
中浦はその隙を見逃さず、すくい上げるように斬りつけた。剣尖が藤堂の胸元から肩を抉っていく。
藤堂は怯まず、鮮血を飛び散らせながらも前方へ踏み込み、腹に蹴りを食らわした。体をくの字に曲げ、呻く中浦の襟元を掴み、足を絡ませて押し伏せた。
中浦のような重要人物は殺害より捕縛を優先しなければならない。藤堂は中浦の体の上で馬乗りになり、動きを封じようとした。中浦は全身を波打たせながら逃れようとするが、腹に拳を突き立てられ、口から涎を吐き出した。

「うおぉぉ!!!」

突如、吼声と共に横合いから刀身が藤堂を襲う。咄嗟に刀を上げて防いだ瞬間、下にいた中浦が飛び起き、藤堂の脇腹に肘打ちを食らわした。
地面に放り出された藤堂は三転ほどした後、階段から転げ落ちる。途中、死骸に突き刺さっていた刀の柄を掴んで止まり、片膝をついた。

顔を上げた先で、中浦ではない浪士が刀を振り上げている。藤堂は掴んでいた刀を引き抜き、打ち込んできた刀を受け止めた。そこへ中浦が襲いかかる。
浪士の刀を受け流し、素早く身を捻って中浦の刀を弾いた。受け流した際に体が避けきれず、刃が腕を掠める。
臓物と血糊まみれの段差では足場が悪い。藤堂は下へ降りようと前方からの突きを巧妙に外しながら、後ろを見た。新たな敵が白刃を閃かせている。
胸の前を通り過ぎる伸べた腕を掴み、勢いよく引いた。背後の敵と合わさり、団子になって転げ落ちていく。藤堂はすぐ様、体を捻った。中浦が面を打ってきたのだ。額、左の鬢、右の鬢、続けざまに烈火の如く、打ち込んでくる剣尖を眼前で凌ぐ。

敵の猛烈な攻撃を受け、一段下がろうと片足を引いた時、死体の腹からはみ出た腑に足を滑らせ、体がぐらりと傾いた。

マズい、と身を凍らせたその時、何者かに支えられ、傾いた体をその腕に預けるようにしてしがみついた。真横から刀が飛び出し、中浦の攻めを弾き飛ばす。
息を切らす藤堂の視界に亜麻色の髪が映った。

「…沖田君…惚れそう」
「愛よりSM玩具がほしいでさァ」
「現実的なのね」

藤堂は沖田から離れ、滝のように流れる汗を拭い、再び刀を構えた。沖田も中浦を見据えながら平青眼に取る。
隊長格二人相手では勝ち目がないと判断したのか、中浦は身を翻して階段を駆け上った。

すぐ様、二人はその後を追いかける。藤堂は追撃を阻もうとする浪士の刀を叩いて奪い、前方を走る中浦に向かって投げつけた。
中浦は足を止め、矢のように飛んできた刀を払う。すかさず沖田は神速の足で、その懐に飛び込んだ。風の唸りを上げ、両臑を薙ぎ払う。中浦は後方へ飛んで避けようとするも、沖田の切っ先は皮膚を深く裂いていった。
霧のような鮮血が舞う。崩れ落ちるように倒れ込んだ中浦を見て、藤堂は近くの隊士に向かって叫んだ。

「縄に掛けろ!!」

隊士数人が一斉に中浦を押さえ込む。沖田はひと息つき、藤堂に歩み寄った。

「上、行った?」
「いや、さすがにもう逃がしてるとは思うけど…」

ここは四階、上は大会議が行われている階だ。

「会議室って真ん中にあるって聞いたぜィ。逃げ場あるの?」
「不測の事態に備えて裏の通路があるもんだから、たぶんそこから」

するとその時、縄で縛られている中浦が押し殺したような笑い声を立ててきた。二人は怪訝に眉をひそめ、その方を見遣る。

「そのような事、こちらはもう把握済みだ。今頃役人共は地獄への歩みを進めていることだ、ぐふっ!!」

沖田に頭を踏みつけられ、中浦は横っ面を床に強打した。びちゃりと血溜まりが小さく跳ねる。

「…だって」
「だから中止にしとけって言ったのに」

藤堂は舌打ちをし、苦々しく顔を歪めてバンダナ頭を押さえた。


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