小説 2

網 3

テロを臭わす情報は事前に掴んでいた。念の為、大会議を中止にしてはどうかと松平に言ったものの即却下される。

「何名か指名手配犯が混ざっていました。恐らく首謀者がその中にいるかと思われ、今現在、斉藤隊長と藤堂隊長が追っています」

縛り上げた浪士の元でしゃがむ土方は山崎の報告を聞き、目を据わらせながら手元の煙草を見つめる。

「オイコラ、おいでなさってんじゃねーか。嘘付くな」

転がっている浪士の傷口に煙草を押し当てた。浪士の目が大きく見開き、口からは名状しがたい悲鳴が上がる。
悶え苦しむ男を一瞥し、立ち上がると山崎に目を向けた。

「三、四階辺りに杉原がいる筈だ。一階に行くよう伝えろ」
「了解しました」

山崎が消えると同時に土方は争闘の場へと戻っていく。何色であったかわからないほど血で染まった床を蹴り、耳朶や指、臓物が散乱している中を走った。
雨霰と降ってくる白刃を巧みな太刀捌きで払いのけ、翻しては臑を薙ぎ、打ち上げた剣尖で袈裟に斬る。血糊で足が滑りそうになり、咄嗟に近くにあった棚を掴んだ。ふと顔を上げた先に井上の姿が目に入り、彼の傍に寄った。

「井上さん、大丈夫か?」

土方に声を掛けられた井上は、血で汚れた顔を向ける。

「日々鍛えてますから、まだ行けますぞ」
「手ぇやられてるじゃねぇか、大事を取ってくれよ」
「誰かしら気を使ってくれる度に、年を取った事を思い知らされますな」

笑い声を立てる井上の横で、土方は面食らったような顔で数回瞬きをした。そして軽く咳払いをし、井上から目を反らす。

「その白髪、血で染めりゃあ外見だけでも若く見えるんじゃ」
「いや、それはちょっと……それより、官僚の方々の安全は確保されたのですかな?」
「あぁ、その辺りは平気だ。俺は今から掛かった魚がどんぐれぇでけぇか見てくらぁ」

土方はそう言い、愉しげに口元を上げた。




一体どのぐらい斬ったのか、戦場を駆け巡っていた沖田は壁際で足を止めた。周りでは隊士達が勇ましい矢声を発しながら奮闘している。上で抑え、下で抑え、中である三、四階は敵の数が少ないのかと思いきやそうでもなかった。どうやら器用にも窓から侵入してくる浪士がいるらしい。

「沖田隊長ォォォ!!!疲れましたか?!自分が癒して」

沖田の足蹴りが唸りを上げる。ぐるぐる眼鏡が宙を飛び、男が壁にのめり込んだ。


今日、何度目かの部下への制裁を与え、再び剣戟音と叫喚が交錯する場へと身を挺した。
敵の刀を捲き落とし、勢いあまって前のめりになった背を斬り払う。上体を沈め、頭上で空を斬る刃鳴りがしたと同時に下から喉を貫いた。
真っ向から振り下ろされてきた刀を受け止めつつ足を払い、バランスを崩した体に一刀すれば、横手から剣尖を閃かせた突きが迫る。身を開いて避ければ、頭上から白刃が振ってくる。敵は皆一様に双眼を殺気立たせて、息も吐かせない程の猛打を繰り出してきた。

沖田は眼前に迫る銀の刃を俊敏な動きで払っては突き、弾いては斬り、群衆を掻き分けるかのように前へ進んで行く。
物が壊れる激しい音が聞こえてきた。断末魔の絶叫と共に辺りを揺るがしている。鉄製の細長い棚が真っ二つに割れ、その間から四番隊隊長、杉原が現れた。
行く手を阻む壊れた家具を足で蹴り、掴んでいた浪士を放り投げる。壁にぶつかり、ずり落ちた浪士は頭をかち割られ、片目が飛び出していた。

「上、どんぐらいいるのかねィ」
「そこそこ。一階多いのかな、呼ばれたんだけど」
「さぁ」

新たに援軍が来たのだろうか、沖田は眉をひそめながらガラスが割られた窓の外を見た。殺伐とした場とは真逆の平穏な緑の山々が視界に入る。

「んじゃね、気を付けなよ」

杉原は沖田の肩を軽く叩き、去って行った。


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