小説 2

網 2

原田は攻撃を繰り出す度に、獣の咆哮のような気合を発し、相手を圧倒させていた。180センチの巨漢を器用に操り、柔軟な見のこなしで敵の刃を避ける。近間の攻めに持ち込み、鋼同士を捲きこみつつ足払いを掛けた。バランスを崩した敵の背に切っ先を突き立てる。
抜き身を振り、周りを見回した。近くで近藤が力戦している。ハゲ頭からとどめなく流れ落ちる汗が目に入り袖で顔を拭った。

「っ!!」

突如、誰かに息が詰まる程、背中を蹴られ前のめりになった。素早く柱に片手を付き、振り向き様に刀を薙ぎ払うが空を斬る。
体勢を立て直す間もなく、拝み打ちが降ってきた。夢中で跳ね退け、そのまま体当たりを食らわし、突き飛ばす。追い打ちを掛けようと刀を構えた途端、めまいを覚え、後ろへよろめきながら壁にもたれ掛かった。

「原田!!来い!!」

近藤が叫ぶ。原田は敵を斬り伏せながら身を寄せた。

「わんさか来やがりますね」
「怪我、大丈夫か?」
「へ?」
「頭」

背中合わせになった近藤に言われ、初めて頭を斬られている事に気付いた。汗だと思っていた液体はどうやら血だったようだ。

「っかぁーっ!やられた!いつの間に!」

原田は手の平に付いた己の血を見て溜め息を吐けば、背後から豪快な笑い声がした。

「なんだ、言わなきゃ良かったかな」

一瞬、ほころんだ近藤の顔は、刃鳴りと共にすぐ様引き締まる。平青眼に構えたまま相手の刀を絡め取り、胸元まで持っていくと、流れるような動きで突きを繰り出した。
半身に構えた原田は、血で赤黒く染まった頭上で敵の刀身を受けつつ、翻してこめかみを打ち、横合いからきた白刃を払いのけ、胸から顎に掛けて斬り上げた。血の束が顔面に掛かり、粘り気のある生臭さに顔をしかめる。

「切りがねぇ…お偉いさん方はまだ中か?」

原田達がいる七階の上はもう屋上になる。つい先程まで、剣戟音が掻き消されるぐらいのヘリコプターのプロペラの音が、けたたましく鳴り渡っていたのだが今は止んでいた。


「抑えきれん。どうしたものか」

近藤は息を切らしながら斬り結んでいた敵を壁に叩きつけ、前方を見据えた。浪士達が次々と階段を下りていく。

「ここに近藤がいるぞ!」

相手の大将を見つけた敵方は昂揚し、更に殺気立たせて襲いかかってきた。
近藤の眼前に幾多の白刃が降り注ぐ。剣尖を左右に振りながらそれらを払いのけ、一人の頸椎を深く斬り裂いた。
横にいた浪士の姿が突然視界から消える。背を合わせて戦っている原田が浪士の襟首を掴み、近藤から引き離したようだ。

「五階は誰が守ってんすか?」

浪士の胴を叩きつけるように斬り伏せた原田が振り向かずに問うた。

「武田だったか」
「え、それマズくない?もうやられてんじゃね?」

思い掛けない男の名を聞いて原田は思わず振り向くが、白刃の閃きを捉え、弾き上げながら前を向き直す。

「トシの采配だ。間違いはない」
「マジでか…」

近藤は自信満々だが、五番隊隊長、武田といったら真選組内で一、二を争う程、剣の腕が劣っていると言われている。代わりに頭脳の方が長けており、知識の豊富さは組内でトップにいた。

「永倉ぁ、頼んだぜ…」

下の階を守っている小柄な青年に望みを託した。


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