小説 2

網 1

叫喚が渦巻き、耳朶に響く裂帛した気合が辺りを引き裂いた。打ち水をまいたような音と共に白壁が赤に染まる。怒涛の如く押し寄せる黒影の中を、明るい色素の髪が駆け巡った。
左へ回り込みつつ、振り下ろされた刀身を峰で跳ね上げ、返し技で横っ面を打つ。顔に掛かった鮮血を拭う間もなく、身を沈め、新たに迫ってきた剣筋の下を潜るようにして懐に入り込み、右下から逆袈裟に掛けた。

「総悟!そのまま上に行け!」

声がした方を見遣ると、土方が敵を蹴り飛ばし、また次の敵と打ち合っていた。
汗と血を拭いながらその向こうにある階段の方へ視線を移す。群がる敵の間を擦り抜けるようにして去って行く山崎の姿が目に入った。

「空から大群が降ってきてんだとよ。近藤さんが上だ」

山崎から現状を聞いた土方は沖田にその内容を伝えた。血溜まりに向かって短くなった煙草を吐き捨て、峰を肩に担ぐ。そのまま沖田の横を颯爽と通り過ぎた。

表からも十分過ぎる程流れ込んでいるのに、どれほどの数を用意してくれていたのだろうか。大会議が行われていた会場は五階、恐らく役人達が屋上から逃げられぬよう挟み撃ちにするという策なのだろう。
沖田は飛んでくる刃を払いのけつつ、長い廊下を走り抜けた。途中、六番隊隊長の井上を見つけ、足早に駆け寄った。

「源さん、大丈夫?」

激しい剣戟戦では体力面で心配される真選組最年長の彼を沖田は気に掛けた。

「あぁ、沖田か。私も若い者には負けてられん」

剣呑とした場には不釣り合いな優しい目を細め、井上は返答した。四十を過ぎた者にしては、たくましい筋骨をしている。
沖田はその肩に片手を置き、斬り掛かってきた敵の腹に蹴りを食らわした。

「いざとなったら土方のヤローを盾にしなせェ」

軽口をたたく沖田に対して井上は皺を寄せて笑う。沖田は額の前まで手を上げて別れのジェスチャーをすると、体をくの字に曲げて呻く敵に止めを刺し、再び階段の方へ走って行った。



ちょうど階段を上がったところで九番隊の二木が奮闘していた。
敵の白刃を弾き上げ、袈裟に斬る。擦れ違い様に弾いては、再び袈裟に斬る。一見、単純な上下運動に見えるが、その中へ入り込む隙を見出せない程、無駄な動きがない。周りの敵はただ刀を構え、凄まじい刃風を浴びながら後退りをしているだけであった。
沖田は階段を転がり落ちる敵を避けながら、二木に声をかけた。

「下、行ってやってくれ」

井上は平気だと言っていたが、やはり気に掛かった。激しい剣戟音がひっきりなしに聞こえてくる。二木は沖田に向かって頷くと、階段を下って行った。


幕府の要人達が集まる大会議を狙った攘夷浪士達の奇襲。警護にあたっていた真選組は全勢力を上げて応戦していた。

ここ二階では、二木の他にも七番隊隊長、槍の名手である丘も居た。普段、刀を装備している彼だが、今は素槍を扱っていた。
穂先で相手の鍔元めがけて打ち込み、刀を落とさせる。すぐ様、半身に構え、片足を滑るようにして前方へ踏み出すと、一気に胸を突いた。貫いた敵をそのまま窓の外へ放り投げる。
更なる敵が集まってきた。丘は一歩下がりながら頭上で槍を回転させ、周りの敵を薙ぎ倒す。脳天を叩き割り、逆袈裟に斬り上げて、胸を突き刺して捻り込んだ。

「あ」

ひと息ついたところで、走ってくる沖田と目が合った。肩で息をしながら「よ」と片手を上げる。

「異常ありません!たーいちょ!」

軽い感じで声を掛けた。沖田は床に転がる死骸達を飛び越えながら丘の前まで来た。

「おぉーそりゃ良かった。でも今の状況、普通は異常って言うんじゃね?」
「確かに」

沖田の言うとおり、敵襲があった事を異常なしとは言わない。丘は笑いながら槍を構え直した。

「余裕だねィ」
「こんだけ湧いてっから結構疲れてる。後どれぐらいいるんだろ」

丘はそう言いながら振り下ろされてきた刀を弾く。沖田がすかさず、その空いた敵の懐へ入り込み腰車に斬った。

「今日の空模様は曇のち浪士」
「え、何それ」
「そのまんま」

沖田の言葉に丘は思わず天井を見上げた。しかし、ここは室内。空が見える筈がない。

「まだまだって事でさァ。気張ろうぜィ」

丘の背中を叩き、沖田は去って行った。


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