小説 2

仕掛け花火 4

茂茂が座る高台の下、近藤が目を輝かせて虹色に波打つ提灯達を見ていた。

「凄いなぁ!!サプライズイベントってやつか?!」
「スタッフも面食らってるように見えるが…本当に奴等がした事か?」

眉間に皺を寄せる土方の言うとおり、提灯が光り出した途端、本部席からスタッフ達が飛び出してきたのだ。皆が皆、計画した者が見せる顔とは思えない驚愕した表情。

「え、物の怪の仕業とか?」
「止めてくれ」

土方の体がぶるりと震える。
徐々に虹色に輝いていた提灯が元の橙色に戻っていった。「もう終わりか」と、近藤は残念そうに眉尻を下げる。

「…今のところ何も起こりそうにないな。やはりただの悪戯だったのか?」
「花火の音に紛れて火ぃ付けっかもしれねぇ。油断は禁物だぜ」

元の色に戻った提灯に向かって紫煙を吹き付けた。
一人の隊士が二人の元へやってきた。用件を聞いた土方は「またかよ」と溜め息を吐く。

「山崎のヤロー…焼きそば買うのにどんだけ掛かってんだ」

将軍が要望する焼きそばを買いに行った山崎が、いっこうに戻ってこない為、結局土方自ら買いに行く羽目になった。次はいか焼きを御要望されているらしい。

「総悟も遅いなぁ…パトカーに風鈴がなかったのか?」
「まだ言ってんのかそれ」
「俺ががっかりすると思って買いに行ってるかもしれんしな。待ってるぞ…総悟…!!」

近藤はそう言い、宙を見据える。目の端にキラリと何かが光った。

「…いか焼き買ってくる」

斉藤からもらった小銭を胸に土方は連なる屋台の方へ静かに去って行った。






夜空に半月が浮かぶ。花火が上がる予定時刻まで後、数分程度だった。

「当たりを引いた気分」

沖田は複雑そうに顔を歪めながら頭を掻く。「赤はあかんかったか」と駄洒落を言ったハゲ頭を叩く永倉の横で山崎は溜め息を吐いた。

「いっそのこと当たりだった方が穏やかですよ」
「次俺がやる。ほれ、沖田貸せ」

沖田に向かって原田は手の平を差しだし、寄越せと言わんばかりに指を動かす。

「健闘を祈る!」

ペンチを手渡した沖田は片手を額の前に掲げ、敬礼をする。
原田は受け取ったペンチを器用に片手で回し「青でいいや」と、青色の導線を切った。
基板の上がぼんやりと光り出す。


『花火職人の父親の仕事場に、ある果物を差し入れしたら怒られてしまいました。それは何でしょう?』


「え」

再び箱から声が聞こえた。不意に投げ掛けられた問題に、五人の思考が一瞬止まる。
チッ、チッ、チッ、チッ――と、秒針のような音と共に沈黙が流れた。

「え?え?な、何?なぁ?」

焦る原田が永倉の肩を揺する。

「な、なぞなぞだよな…えーっと…」
「ていうか、なんでなぞなぞぉ…?」

山崎も考え込むように頭を抱えている。

「あ」

藤堂の頭上に閃きの電球が生えた。目を見開き、拳で手の平を打つ。

「分かっ」


『ブーッ!!時間切れー!!』


突如、水鉄砲が噴いたような音がなり、箱の中から墨のような黒い液体が勢いよく噴き出す。

「ぶわぁぶ!!」

見事、原田の顔面にかかり、ハゲ頭諸共真っ黒になった。






「もうなんなわけ、マジで」

原田はぶつくさと文句を言いながら隊服のスカーフで顔を拭いていた。

「何が火気厳禁だ。柿が発火材料になるわけねぇじゃねーか」
「なぞなぞにリアリティー求めるなよ」

近くの岩に腰掛けている藤堂が突っ込む。沖田は箱の近くにあるペンチを拾い、永倉に向かって放り投げた。

「次、チビいけよ」
「チビ言うな」

永倉は青筋を浮かべ、沖田を睨む。
例の箱は山崎が持ち上げて下から見たり、覗き込んだりしていた。小さな木箱から出る様々な仕掛けに、最初、怖がっていた彼も今や興味津々の様子だった。

「山崎、貸して」

永倉は山崎から乱暴に箱を奪い取る。傍で藤堂が「もうちょっと丁重に扱えよ」と半ば呆れ気味に呟いた。

「んー…すみれにしよう」
「へぇ、小さい奴は自然と小さい花の名前を選ぶのかねィ」
「これ切ったらあの亜麻色頭爆発しねぇかなぁ」

頭上から投げ掛けられる毒舌のせいで、永倉の頭の線が切れそうだ。
気を取り直して一呼吸おき、すみれ色の導線にペンチを当てる。

その瞬間、ドォーン!!という大きな音がなり、地が僅かに揺れる。山崎がその音に驚き「ぎゃあぁ!!」と悲鳴を上げた。原田も慌てふためきながら周りを見回す。
藤堂がその肩をトントンと叩き、空を指差した。半月がぼんやりと光る夜空に次々と花火が打ち上げられている。

「花火が始まったんだろ。俺、まだ切ってねぇもん」

山崎と原田は何処かで爆発が起こったと思ったのだろう。永倉はそんな二人に対し呆れた眼差しを送った後、すみれ色の導線を切った。すると、再び基板の上が光り出し、「お?」と目を見張る。


『すみれの色を選んだアナタ!自分の背丈を気にしすぎてはいませんか?すみれの花は小さい花ですが、コンクリートの割れ目からも咲く力強い花です。すみれの花のように小さい外見も気にせず、人生に力強い花を咲かせましょう。花言葉は温順・謙虚・慎み深さ・愛・純潔・誠実・小さな幸せ』


「大きなお世話だァァァ!!!!!」

はちきれんばかりの青筋を浮かべた永倉は、花火の音に負けないぐらいの大音声を上げた。抜刀し、光る箱に向かって勢いよく振り上げる。

「永倉さん!!落ち着いて!!」

夜空に色鮮やかな大輪の花が咲く下、山崎が永倉の両脇に腕を回し、必死に抑えていた。


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