小説 2

仕掛け花火 3




――48:24


側面に取り付けられたデジタル時計の液晶画面では、カウントダウンが始まっていた。数字が一秒一秒刻々と減っていく。
祭り会場から離れた一角で、真選組隊長服を着た者が四名、平隊士服が一名、小さな箱を囲んでいた。

「時限爆弾かよ…」

七色の配線が丸い光に照らされる。原田が懐中電灯を片手に箱の中を覗いていた。
配線の下には電子回路基板が埋め込まれており、ただのゴミではない事は明らかだ。

「処理班を呼んだ方が良くないか?」

藤堂の言葉に山崎は頷く。永倉も「危ないぜ」と言い、しゃがんでいる原田の襟元を引っ張っていた。

「あ!なんだこれ?」

箱の中の側面に小さな赤いボタンが取り付けられていた。人差し指でポンと軽く押せそうな簡単な物だ。沖田は恐れもなく、指を導線の間に入れる。

「あ!沖田さん!!押しちゃあ駄目で」

――遅かった。山崎が言い終わる前に、沖田は赤いボタンを押していた。藤堂が慌てて沖田の腕を掴み、木箱から離す。

「バッ…!おま、何で押すんだよ!!」
「こういうの押したくなるのが人間の心理ってヤツでさァ」
「人間ってヤツは時と場合を考える脳みそぐらい持っとるわァァ!!この空頭ァァァ!!!」

原田も叫びながら永倉と共に近くの林の中へ逃げ込む。山崎はすでに退避済みであった。


「…」


――…だが、何も起こらない。遠くの方から微かな太鼓の音と、物をねだる子供の泣き喚く声が微かに聞こえてくるだけであった。
懐中電灯を持つ原田が恐る恐る箱に光を当てる。茶色い地面にポツリ、蓋が開いた小さな木箱がスポットライトを当てられたように寂しく転がっていた。

「…なんだ、何もねぇでさァ」

木の陰から沖田がボソリと呟く。その隣で藤堂が「えー…?」と不安げな声を出した。

「行ってみよ」
「またそうやって考えなしに動く」

藤堂は箱に近付こうとする沖田の襟元を掴み、その動きを止めた。

「なんか光ってる…」

永倉が言った。原田はさらに懐中電灯を前に突き出し、目を凝らす。基板上の一部分がぼんやりと光っていた。
山崎が木から半身を出す。

「まだ時計は動いてますよ。何か他の装置が起動したんじゃ」
『――…ガガッ、ガッ』

木箱からトランシーバーのようなノイズが鳴り出し、五人一斉にそちらの方を見た。


『時間内に、七の線から真の線を導き出せよ…――…プッ』


「…」

光が消え、何とも言えない沈黙が辺りを支配する。永倉が原田の腕をつつき「あれ何言ってんの」と言わんばかりに目を見開いて見上げていた。原田は「俺に言われても」という感じに肩を竦めて首を横に振る。

「面白そうでさァ」

沈黙を破いたのは沖田。意気揚々と林から飛び出し、箱に近付いて行った。その後を藤堂が慌てて追いかける。

「導くってぇ事は…最後に当たりを残せばいいのか」

何処から持ち出したのか、ペンチを片手に沖田は七色の配線を見つめていた。七色とあって、赤・橙・黄・緑・青・藍・すみれ、七本の導線が並んでいる。

「オイ…おもちゃじゃないんだから」

沖田と共にしゃがんでいる藤堂が不安そうに眉をくもらす。背後では原田と永倉が上から覗き込んでいた。

「先に当たり引いちまったらドカン?」

原田が永倉に問う。

「そう言う事になるんじゃね?七分の一かぁ」
「もうちょっと緊張感持ちましょうよ…」

傍では山崎が原田から託された懐中電灯で、沖田の手元を照らしていた。
デジタル時計は40分切っていた。沖田は品定めをするように七本の導線を見ている。

「…つかさ、処理班呼んだら良くね?」
「藤堂さんの言うとおりです!」

藤堂の言葉に山崎は力強く頷いた。原田は詰まらなさそうに耳をほじりながら顔を歪める。

「このスリルが良いんじゃねぇか」
「そんなの剣戟戦だけで十分だろ!ハゲ!」
「これに決ーめた!」

原田と藤堂の小競り合いを尻目に沖田は赤色の導線を切った。


――…


ジィー…という抑揚のない虫の音が響く。五人は固唾を飲んで箱を見ているが、変化はない。ペンチ片手にしゃがんで見ていた沖田は短く息を吐き、その場に胡座を掻いた。

「なぁんでィ、なにも」

――突如、空気を揺るがすような歓声が沸き起こった。箱を囲んでいた五人は吃驚して立ち上がり、発生源を見た。祭の会場の方からだ。

「わぁ…!」

思わず山崎は感嘆の声を洩らした。四方八方から櫓に向かって連なっていた提灯が虹色の光を放っている。赤、橙、黄、緑…順々に色を変えていくそれは、まるで虹の波が会場を覆っているようだった。きっと会場にいる人々は異世界に誘われていることだろう。

「へぇ…あんなのプログラムにあったっけ?」

原田は目を丸くして虹色に包まれた会場を見ていた。藤堂も首を傾げている。

「…え、もしかしてこれ?」

永倉が指を差す方には、赤の導線が切られた箱があった。

「…なんか…妙な達成感でさァ」

呆気に取られている沖田の足元にあるデジタル時計は変わらず、秒を減らし続けていた。


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