小説 2

仕掛け花火 1




緑の山々から入道雲が立ち上り、蝉の音が喧しく鳴り響く。茹だるような夏の暑さの中、真選組屯所に一通の手紙が投函された。


『花火大会の日に爆弾を仕掛ける』




「おー、親切に犯罪予告ですかィ」

一枚の半紙に墨で書かれた文字。沖田はそれを興味深げに見ていた。両手で広げながらゴロリと仰向けに寝転がる。パタパタと軽い半紙が扇風機の風に吹かれて小刻みに揺れた。

「まさか中止にはしやせんよね?」

体を反転させ、頭上にいる土方を見上げた。
年に一度の花火大会。祭好きの沖田にとって、こんな紙切れ一枚で中止にされてしまってはたまったものではない。そんな沖田の心情を読み取ったのか、土方は半ば呆れ気味に溜め息を吐いた。

「将軍が見学に来るらしい。中止にしたくてもできねぇよ」

机の上の紙を手に取ると、沖田の前に突き出す。祭り会場の警備配置図、各隊が割り振られていた。一番隊は将軍が座るVIP席周辺だ。沖田は犯罪予告の文を横にずらし、配置図を手前に寄せた。

「ふーん…俺、ここじゃなくてこの辺りが良いです」

沖田が指差す所は屋台が連なっている。土方は不満露わに眉根を寄せた。

「…オイ。お前、サボる気満々じゃね?」
「ちゃんと考えてますよ。金魚釣りながら爆弾沈んでねぇか見れますし、フライヤーに仕掛けられていないかを唐揚げ食いながら」
「遊ぶ事だけしか考えてねぇじゃねーかァァァ!!!!」

蝉の声と共に土方の叫び声が屯所中を木霊した。






提灯の橙色に反射した石畳の上を幾つもの下駄が通り、カランコロンと軽やかな音を鳴らす。高々とそびえるVIP席の周りには紅白の横断幕が張られ、黒い服を着た男達で固められていた。

土方は将軍、徳川茂茂の様子を見に行っていた。将軍は椅子に深く腰を掛け、花火が上がる時を今か今かと待っている。
異常無し――土方がVIP席の背後にある階段を下りようとした時、茂茂に付いている斉藤がそっと耳打ちをしてきた。

「焼きそばが食べたいらしいですよ」

俺が買いに行くのか?という感じに自分を指差した。斉藤は無言で小銭を土方の胸ポケットに入れる。危うく手に持っている煙草を握り潰しかけたが、火を付けたばかりの長さを駄目にするのは勿体ない。山崎でもパシらすか、と思い直した。

下に行けば、近藤が仁王立ちで前を見据えていた。上に行く前にはいた一番隊隊長がいない。嫌な予感が胸の内で渦巻いて止まないが、とりあえず聞いてみる事にした。

「総悟は?」
「ん、夏の風物詩といったら風鈴だからと言ってな。パトカーまで取りに行ったぞ」
「今必要か?それ」

恐らく、いや、絶対にもう戻ってこないだろう。端正な顔をひきつらせ、長い煙草をくの字に曲げた。






祭囃子が薄暗くなった境内に響く。鮮やかな浴衣を着た娘達が行き交う頭上には吊り提灯が連なり、ゆらりゆらりと揺れていた。
歴史を思わせる鳥居の下で、藤堂が隣に立つ原田の袖を引っ張る。「ん?」とハゲ頭が振り返ると、顎先で前を指した。

「あの子かな」

藤堂の視線の先には、淡いピンクの生地に白い花が描かれた浴衣の女性がいた。腰の辺りまである長い髪は、黒く艶やかで、風が吹く度に光沢が波打っている。
原田はじっとその子を見ていたが、同意しかねるという感じに首を傾げ、ハゲ頭を掻いた。

「俺はもうちっと明るそうな娘が良いなぁ…あ、ほら、あの子みてぇな」

腕を組んだまま指を差した。
膝上丈の赤色の浴衣。茶色掛かった髪はアップにし、花のかんざしをさしていた。団扇で扇ぎながら隣の子と喋っている。

「…軽すぎる」
「凹助君、君も結構軽い方よ」
「日本の女性は大和撫子でなきゃ」
「んなの当の昔に滅んでらぁ、あ痛っ!」

突如、後頭部に鈍痛が走り、ハゲ頭を押さえた。同じく隣でも藤堂がバンダナ頭を押さえて、痛みに呻いている。後ろを振り返ると、永倉が眉をひそめ見上げていた。

「何やってんの?」

小柄な青年は二人の頭を殴った凶器である刀を肩に担ぎ、呆れた眼差しを送っている。

「え、いやぁ…その、なぁ?」

原田はばつが悪そうに永倉から顔を背けて隣の男を見た。

「ば、爆弾犯は何処かなー…と」

藤堂は焦りながら姿勢を正し、探すように辺りを見渡し始めた。

傍で子供が林檎飴を舐めながら不思議そうな顔で見上げていた。永倉がその視線に気付き、無言で子供と見つめ合う。程なくして、母親らしき女性が慌てて駆け寄り「すみません」と言いながら子供の手を引き、脱兎の如く去って行った。

「…」

コイツが原因だったのだろうか。永倉は担いでいた刀を下げ、こじりで地面を突いた。金具が石畳に当たり、カツンと音が鳴る。鳥居に持たれ掛かり、怠そうに肩を揉んだ。

「処理班が全然見つからないってぼやいてた」
「やっぱだだの悪戯だったんじゃね?」

原田が前を見据えながら言った。
今、花火大会の会場内では爆弾処理班が、爆弾探知犬を引き連れて探し回っている。しかしそれは難航しているようだ。まだ仕掛けられていないか、はたまた幾多の試験をクリアした犬の嗅覚でさえ欺く爆弾なのか。

「このまま何もなきゃ良いんだけど…」

永倉は短く息を吐き、周りを見回した。屋台から男性が威勢の良い声で客寄せをしている。原田がヨーヨー釣りをしている女性を指し「あの娘も良い」と言ったが、藤堂は「もういいよ」と軽く流した。


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