小説 2

チョコと女と戦争と3

「無理です、原田隊長。敵が強すぎます。俺の力では」
「バカヤローが。お前何もしてないじゃないか。敵前逃亡は切腹だぞ」
「奴等特殊スキルを所持してますよ。人の存在を空気にするんです。ちょっと山崎の気持ちが分かりました」
「オイ待て。それだと山崎が空気みたいな言い草じゃないか。空気って知っているか?無くなって初めてその存在の大切さに気付くんだ。だがアイツは違う…無くならなくとも大切な存在なんだ。副長の機嫌取りは誰がするんだ、合コンの人集めと場所取りは誰がするんだ」
「隊長。途中までは良い話だったんですが」
「いつまで続くの?それ?」

逃げ帰ってきた藤堂と原田の会話に対して呆れ顔の永倉が突っ込んだ。

「一般…しかも女相手に暴力振るうわけにもいかねぇし…」

藤堂は困ったようにバンダナ頭を掻き、溜め息を吐く。その間も背後では女とは思えない罵り合う汚い言葉が飛び交っていた。

「右之が一喝してみ」
「えぇー?!」

永倉の提案に原田は心底嫌そうな顔をする。女にはモテたいがあんな下品な女達は勘弁だ、原田は顔を歪め「無理無理」と手を横に振った。

「そうだ!右之!」

藤堂が声を上げて、原田の背中を叩いた。

「ここで喧嘩の仲裁をバシッと決めてみろよ!モテるかもしれないぜ!」
「!!」

その言葉に原田は目を見開いた。
女達の喧嘩には周りの人達も大変迷惑がっている。この通りは店が多く立ち並び、野次馬が客寄せの邪魔になっているようだ。ここで自分がこの喧嘩を止めれば「男らしい」「頼りがいがある」「格好いい」様々な賞賛の声が周りの女性達の口から出る事は間違いない。
原田の脳裏にたくさんの女性達に囲まれ「キャー!原田さーん!」と、黄色い声を浴びている光景が浮かびあがった。

「敗残兵の代わりに隊長直々に行ってやるよ」

不敵にニヤリと笑い、前に進み出る。

「敗残兵言うな」
「がんばれー」

藤堂と永倉の言葉を背に原田は女の闘いの中に身を挺していった。


「オイ!!てめぇーらァ!!!」

甲高い喚き声に負けないぐらいの大音声。さすがの女達もピタリと止まり、一斉に原田の方を向いた。
髪の毛が山姥のように逆立っている。顔の化粧が半分落ち、引っかき傷だらけ。そんな凄みのある面々に睨まれ少し後退りをするが、気を取り直して睨み返す。

「んな公衆の面前でギャーギャーと…どんだけ他人様に迷惑かけてんのか分かってんのか!!!」

――決まった。

手応え有り。弾は確実に敵の急所を貫き、身動きを止めた。原田は拳を強く握り締め勝利を確信する。


「な…」

一人の女が口を開いた。

「何よ!!このハゲ!!」
「おぉっ?!」

防弾服を装備していたのか――思わぬ敵の反撃を食らい、原田は驚きの声を上げる。

「ちっさな事で説教たれんじゃないわよ!ハゲ!!」
「そんなんだから髪抜けんのよ!!ハゲ!!」
「ハゲがバレンタインに暇だからって彷徨いてるだけなんじゃないの!!」
「ハゲが移るから近寄んないでちょうだい!!」

相手の急所を完璧に捉えた集中砲火。原田は「ぐはっ!」と大ダメージを受けたように胸元を押さえながら後方に下がる。

「アンタなんて一生モテないわよ!!」
「!!」

トドメの言葉という名の大砲の鉛弾がハゲ頭に直撃する。

「…」
「…」

藤堂と永倉は唖然としながら友人が敗北する様を見ていた。原田はふらふらと体を揺らしながら二人の元へ戻ると、ガックリと膝を曲げて肩を落とす。

「禿げてるんじゃねぇ…剃っているだけなんだ…」
「…うん…分かってる」

ハゲ頭を撫でて慰めている藤堂の背後では女達がバトルを再開させていた。
永倉はそんな彼女達を一瞥し、呆れたように首を横に振りながら肩を竦めた。

「もう放っとこうぜー。くっだんね」
「ちょっと待て」

原田が立ち上がり、去ろうとした永倉の肩の上に手を置く。

「後はお前だけだ」
「え?!俺は嫌だ」
「これも任務だ。小型爆弾も使い所によってはグハァッ!!」

原田の顔面に柄頭がめり込んだ。鼻から血を噴かせながら仰向けに倒れる。

「隊長。それを自爆って言うんスよ」

藤堂がボソリと呟く。

「あんなの強制的に散らせば良いんだよ!」

永倉はこめかみに青筋を浮かべながら女達の元へ近付いて行った。目の前で喚き散らす甲高い声に対してうるさそうに顔をしかめる。

「あのさ」

特に声を張り上げる事もなく言った永倉の一言に女達は勢いよく振り向いた。自分が思っていたよりも120パーセントの反応にビクッと小柄な肩が震える。

「あ!」

女の一人が驚いたように声を上げて永倉を指差した。指差された本人は頭上に疑問符を踊らせながら背後に誰かいるのかと後ろを向いた――その時、

「かっわいぃー!!」
「??!!」

突如、女に抱きつかれ永倉の体が石像化する。

「これこれ!!噂の小さい隊長さんよね?!」
「キャーッ!!本当にちっちゃーい!!」
「私にも触らせて!!」
「私服とかちょー貴重じゃない?!写メ撮らなくちゃ!!」

口々に叫びながら小柄な青年を撫でたり抱き締めたり携帯電話で撮影したり…と、女達は先程までの殺伐とした雰囲気とは一転、和気藹々とはしゃいでいる。

「…右之…あれ、どう?羨ましい?」
「…いんや」

真選組二番隊隊長がまるでペットショップに売られている子犬のような扱い。確実に人として扱っていない彼女達に藤堂と原田は身震いをした。

「まぁ…喧嘩はおさまったみたいだしなぁ…結果オーライ?」

藤堂が空笑いをしながら原田を見る。女達に弄ばれている永倉は依然石像化したままだ。原田は疲れきった顔で溜め息を吐いて肩を落とす。

「生け贄にして帰るかね…ん?」

周りがざわめきだした事に気付き、原田は首を傾げる。野次馬達が空けた道から黒服を着た男が近付いてきた。それと同時にニコチンの臭いが漂ってくる。

「お前等かよ…何してんだ」
「副長」

煙草を加えた土方が怪訝そうに顔を歪めている。その横から亜麻色頭がひょっこりと姿を現した。

「何か人集りができてたからさァ。どうしたんでィ?」

不思議そうに問う沖田に事情を説明しようと原田は苦々しく顔を歪めながら女達に向かって指を差す。

「あの女達が……あぁっ?!」

その女達がこちらを見ていた事に原田は思わず悲鳴に似た声を上げた。だが、よくよく見てみると女達の頬が少し赤らんでいる。原田は何となく状況が読め、ゆっくりと土方から離れた。

「土方サマよ…」
「あ、あの方が…!」
「ヤダ…格好いい」
「え、どうしよ…」

てっきり猪の如く突っ込んでくるかと思われた女達が恥ずかしそうに固まって囁き合っていた。
今までとは全く違った彼女達の反応。原田と藤堂が無言のまま目を瞬きさせていると、土方が口から煙草を離して紫煙を吐き、女達に近付いて行く。

「何」
「キャーッ!!」

女達は悲鳴を上げ、一目散に逃げて行った。

「…」

ヒョオォォー…と寒風が吹き、女達が落としていったチョコの箱が地面を滑っていく。野次馬達を含め、その場全員が無言で逃げる女達の背を見つめていた。






橋の上で大中小、流れる川を見つめていた。河原のベンチで若い男女が仲良さそうに肩を寄せ合いながら座っている。男の膝上には綺麗にラッピングされた箱があった。


「…なぁ」

原田が空を見上げ呟く。


「女って…何?」
「…」


その問いに二人は無言で返すしかなかった。


[*前]







藤堂の役割がボケなのかツッコミなのか分からない。
妄想やら文章力が不調の中、リハビリがてらに考えました。面白くしたつもりです。

後、全くどうでもいい事ですが、龍一郎サマは裏口から出られました。


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