小説 2

チョコと女と戦争と2

飛脚がリズム良い掛け声を発しながら橋の上を駆け抜け、その横を若い女性達が話に華を咲かせながら歩いて行く。台車の車輪が橋板を鳴らす音を聞きながら、大中小の背丈の彼等は河原の土手に座っていた。

「何だこの格差社会は。不平等だ、不公平だ、不等号だ」
「最後、なんか違わね?」

藤堂の突っ込みを受けながら原田は苦々しく顔を歪める。深い溜め息を吐いて足元に置いてある箱を指で弾いた。

「大体何で俺が副長に渡さなならんわけ?」
「よく二人でどっか行ってんだろ。仲が良いって思われたんじゃないのかね」

空笑いをする藤堂の横で永倉はもらったチョコを見つめていたが、首を横に傾げて隣に積んである他のチョコ達の上に置く。

「こんな物もらってもなぁ…」
「コラコラ。女の子達から頂いた神聖なチョコレートをこんな物扱いしない」

藤堂は顔をしかめながらたしなめるように黒頭を小突く。永倉はムッと口をへの字に曲げ小突かれた箇所を押さえた。

「だってぜんっぜん面識のない奴等からだぜ?」
「だから嬉しいんじゃねーか」
「毒入ってっかも。よく副長言ってんじゃん。もらった食い物は無闇に食うなって」
「お前…本っ当に恋愛興味ないんだな」

どう見たって毒を仕込むような子達でもなければ、そういうシチュエーションでもなかった。脳内恋愛要素皆無の小柄な青年を見て藤堂は渡した女性達が哀れだと思った。



「で、まだ市中ブラブラするわけ?」

永倉は詰まらなそうにゴロンと寝転がり欠伸をする。

「まだ昼時だろ!後、半日ある!」
「俺、あと一時間したら帰るぜ?」

夜勤である藤堂は夜に見廻りがある為に寝なければいけない。腕時計をトントンとつつきながら何かに誓うように拳を振り上げるハゲ頭を見た。

「おい!!そこのバンダナの兄ちゃん!アンタ真選組だろ?!」

川岸から男性の声がし、3人同時にその方を見上げる。小さい風呂敷を担いだ商人風の男が慌てた様子で橋の向こうを指差していた。

「あっちでどえらい喧嘩おっぱじまってんだっ!!ちょいと行って止めてきてくれや!!」
「喧嘩ぁ?」

3人の声が見事にハモる。
あの男の慌て振り様、これは相当大きな喧嘩に違いない。3人は現場に急行した。







現場に到着するとすでに人集りが出来ていた。その中心から喚き声がするのだが聞こえてくるのは男性の声ではなく、女性の甲高い怒鳴り声。3人は怪訝に思いながら野次馬を掻き分けて行った。

「私が渡すのよっ!!アンタ達は引っ込んでなさいよ!!」
「ブスのチョコなんて龍一郎サマが受け取る訳ないじゃん!!」
「キィーッ!!何ですって?!」
「ともかく退きなさいよ!!」

見えてきたのは数人の女性が取っ組み合いの喧嘩をしている様。着物を掴み、髪の毛を引っ張り、顔を引っ掻く。その周りは砂埃が舞い、確かに相当大きな喧嘩に発展している様だった。
彼女達が闘いを繰り広げている場所はある劇場前。恐らくアイドルの出待ちをしているのだろう。


「…誰が止めんの?」

永倉がボソリと呟く。

「そりゃあ…真選組の人が」

原田はちらりと隊服を着ている藤堂を見た。

「え?!俺にあの中に入れっていうわけ?!無理無理無理」

藤堂は首を激しく横に振り拒絶をするが、周りの野次馬からも「警察何とかしろよ」という視線が集まっている。

「…風呂入ってから行きゃ良かった」

仕事が終わったままの格好で来た事に後悔して肩を落とす。
藤堂は渋々女達の戦場に近付き「あのー」と声を掛けた。

「ちょっと良いかな?」
「大体ね!何?!その豚か猪か知らないけど」
「失礼ね!クマよ!クマ!クマのチョコよ!」
「その着物だっさぁーい!縄文時代の臭いがするわ」
「何ですって?!」

弾丸のような罵声が目前を飛び交い、藤堂は笑顔のまま顔をひきつらせる。

「えー…」

仕方なく懐から警察手帳を取り出し、戦闘中の彼女達に見せるように前へ出した。

「けーさつなんだけど」
「私知ってるわよ!アナタ先日彼氏に捨てられたんだって?バレンタインデー前に!笑っちゃう!」
「彼氏いない歴が年齢と同じな奴に言われたかないわよ!」
「私の彼氏は龍一郎サマよ!それ以外の男はクソ以下だわ!」
「龍一郎サマは顔面失敗作には興味ないわよ!」

女性達は完全に藤堂を無視。皆一様に長い髪を振り乱し、風を斬り裂く白刃のような爪を相手の首に立て、噛みつかんばかりに口を大きく開ける。

「…」

剣戟戦とは違う女の欲が渦巻く恐ろしい戦場。罵声という名の銃撃音が鳴り止まない。
藤堂はゆっくりと後退りし、流れ弾が被弾する前に大人しく原田達の元へ逃げ帰った。


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