チョコと女と戦争と1
(原田、永倉、藤堂)男大所帯――特別武装警察真選組。
今日は朝から皆一様に何処かそわそわとしていた。門の前を挙動不審に動き回る者、自分宛の郵便物はないかと何度も問う者、携帯電話をじっと見つめる者――
何故ならば、今日は男の真価を問われるという年に一度のイベント、
「バレンタイ」
「おーっと凹助君!その話はそこまでだ!!」
バン!と勢いよく机を叩く音が朝の食堂に響き渡った。朝食を食べていた隊士達は何事かと一斉に発生源を見る。そこにはハゲ頭の大男が両手を机の上に置き、立ち上がっている姿があった。
「…右之助君。まだ話の本筋にも掠っていないんですけど?」
真剣な眼差しで見下ろしてくる原田をバンダナ頭の藤堂凹助が呆れたように目を細めながら珈琲をすする。その隣にいる小柄な青年、永倉新七も眉を寄せながら顔を上げた。
「どうせまたチョコが一個ももらえないとか何とかなんだろ?ついさっきもらったじゃん」
永倉が指差す方向にはチョコレートが3つ入った小さな透明の袋があった。原田は首を大きく横に振って再び机を叩く。
「ちっがーう!!こんな愛の欠片もねぇ食堂のおばちゃんがくれるお徳用の一口チョコ詰め合わせなんかじゃねぇ!!」
拳を顔の前まで上げ、小刻みに震わす。
「ちゃんとした綺麗な包装紙にくるんであってなぁ!リボンが掛けられ…!」
少し太った割烹着姿の中年女性が熱弁をする原田の肩をポンと叩いた。原田はビクリと体を震わせてゆっくりと後ろを振り向く。
「そうかいそうかい右之助君。じゃあいつもの愛情をこめたご飯大盛りサービスはもういらんね」
ニッコリと笑う女性の周りにはドス黒いオーラがまとっていた。
「い、いや、違うんだおばちゃん!その愛じゃなくってな?えっとこう…男女関係の」
身振り手振りで必死に言い訳をする原田を女性は無視し、可笑しそうに見ている藤堂の方に顔を向けた。
「凹助君!珈琲おかわりは?」
「あ、いえ、間に合ってます」
「相変わらず男前だね!これあげるよ!」
女性はそういうと原田の前にあった小さな袋を藤堂の前に放り投げた。
「え?!あ、ありがとう」
「あーっ!!そりゃねぇぜ!おばちゃん!!」
朝一番にもらったチョコを没収された原田は悲鳴に似た声で叫ぶ。永倉は大笑いをしながらそれらを見ていた。
「なんでバレンタインつーイベントなんて世の中にあるんだ。こんなの得するのはモテる男とチョコレート業界だけだぜ?」
茶屋の長椅子に座っている原田は短く溜め息を吐いて前を見据えた。その目線の先には『本日は愛の日!』という軒下の垂れ幕の元、若い女性達が楽しそうに様々な種類のチョコレートを吟味している。
「んなこと俺に言われてもな…」
永倉はそんな年に一度のイベントに全く興味がないようで、両の手をポケットの中に突っ込んだまま長椅子に座って欠伸をする。
二番隊、十番隊は非番だ。永倉と原田は私服で長椅子に座り、朝の日向ぼっこをしていた。今日は天気が良く風も無い。寒さも少し柔らんでおりとても過ごしやすい陽気だ。
何をするわけでもなく、キャピキャピとはしゃぐ女性達を見ている二人の元へ藤堂がやって来た。夜勤だった彼は隊服姿で脇には包装紙に包まれた箱二つ抱えている。原田は横目でそれらの箱達を見てボソリと呟いた。
「…さすが無駄に声掛けている訳じゃねぇんだな」
「残念ながら声を掛けた子が働く店の店長から」
「二つ共」と付け加えて二つの箱を永倉の頭の上に置いた。ずるりと前に傾き、永倉の膝の上に落ちる。
「なんで俺は年齢がいった人だけにしかモテないんだ」
何故か中年女性によく好かれる藤堂は首を傾げながら永倉の横に座った。原田は永倉の膝の上にある箱を一つ取ると色んな角度から眺めつつ口を尖らす。
「もらえるだけいいじゃねぇか…あ、遊郭の女からはもらえねぇの?」
「下手に受け取ってみろ。出て行く時に若い者が笑顔で莫大な金額を要求してくるから」
「…金取るのかよ」
恐ろしさのあまり寒気を感じて原田は己の身を抱えた。
両脇から聞こえてくる溜め息に永倉は鬱陶しそうに顔を歪めながら膝の上の箱を手に取る。
「つかさ…何でこんな物の数を気にする事があんの?恋人や想い人からのチョコだけで十分じゃん」
訳が分からないといった感じで難しい顔をしながら箱を振る。原田と藤堂は互いに顔を見合わせ「プッ」と噴き出した。
「そうだね、うん。君はそれで良いと思うよ」
原田がポンポンと小柄な肩を叩き、藤堂はその頭を撫でながら顔を覗き込むように上体を屈めた。
「別に俺らはハーレムを作りたいわけじゃないんだぜ?男の意地ってやつかな」
「…」
明らかに子供扱いをする両脇の二人に永倉は片眉をピクリと上げる。
「…お前等…俺の事バカにしてね?」
手にしていた箱を握り潰し、こめかみに青筋を作った。横から漂う怒りのオーラを知ってか知らずか、原田が肩を竦めてやれやれと首を横に振る。
「背丈が小さいとそういう経験も少ないのかねぇ」
「バッ…!」
小柄な彼に対する最大の禁句を口にする原田を藤堂が慌てて制止するも時はすでに遅し。永倉は無言で立ち上がり、腰に帯びる刀に手を掛ける。
「死んだら供え物沢山くれるだろ」
「ま、饅頭とかはいらないかなぁ…ってか、物の問題じゃなくてさ…!うん、その…コラ!凹助!どこ見てんだ!助けろよ!!」
「その学習能力の無さを改善できたらモテるかもよ」
殺気立てる永倉を前にして慌てる原田。それを背に藤堂は潰れた箱を叩いて元の形に戻そうとしていた。
「あのォー…すみませぇーん…」
そんな殺伐とした茶屋の前に花柄の着物を着た若い女性達が近付いてきた。永倉が「ん?」と振り向き、抜きかけていた刀を納める。
「真選組のォー…永倉さんですよね?」
「そうだけど…」
女性は間延びした話し方で永倉に問いかける。自分より背丈の高い女性達を前に永倉は呟くような小さな声で答えた。
「これ、バレンタインのチョコなんですけどォー…良かったらどうぞ!」
「私もッ!!」
「私は作ったんですよ!」
一気に三人からチョコを突き出されて永倉は思わず後ずさった。
「えぇー…」
‘チョコは恋人や想い人から’と、つい先程永倉が言っていた言葉だが、実際にチョコを差し出されると、この小柄な青年はどう対応して良いのか分からずに戸惑っているようだ。その様子を見兼ねた藤堂が後ろから小声で「笑顔で受け取る」と助け船を出した。
「あ、ありがとう…ございます」
微妙な笑顔を作りながら三つのチョコを受け取って一礼をした。女性達は「キャーッ!」と、短く甲高い声を上げながら小走りで後方に下がる。
「…」
原田はバレンタインらしい光景を口を開けて見ていた。ハゲ頭から暑くもないのに一滴の汗が流れ落ちる。
――だが、そんなハゲ頭を一人の顔立ちがよい女性が見つめていた。
「!!」
その視線に気付いた原田の心頭に稲妻のような一閃が走った。女性の胸元には綺麗な包装紙にくるまれ、リボンの掛かった箱があり、彼女はそれを大事そうに抱えている。
(こ、これは…間違いない!)
最初、小さかった心臓の音が段々大きくなっていき、今では耳に聞こえるぐらいに大きく波打っていた。女性が原田に近付くに合わせて、膝の上で握っている両拳に力が入っていく。
「あ…あの…!」
「は、はいっ!!」
「これ…土方さんに渡して下さい!!」
「はいっ!!………って…え?」
箱を受け取った原田は目をぱちくりと瞬きさせ、女性を見る。
「ありがとうございますっ!!よろしくお願いします!!」
女性は深々と頭を下げると先程永倉にチョコを渡した女性達と嬉しそうにはしゃぎながら去って行った。
「…」
冷たい風が通り過ぎ、枯れ葉が3人の周りを舞う。
原田の肩を藤堂が慰めるようにポンポンと叩いた。
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