小説 2

新入隊士がゆく‐争い‐

「いや、違うだろ。それは」
「そうだって!確かに聞いたし」
「いーや!俺の方が正しい」

ある日の事だ。
仲の良い同僚達とちょっとした言い争いになったのだ。俺達三人しかいない食堂内で各々声を張り上げる。

同じ道を同じ時に進んだ者同士でもぶつかり合うことがある。当たり前だ。
しかしそんな時でも話し合い、間違いがあれば認め、改善すべき事があれば皆で助け合いながら前に進めば良い。

だが、今回は三人が三人共、自分が正しいと思っている。厄介だ。


「だから山口さんだって」
「宇崎さんだろ?」
「川田さん!」


真選組監察方筆頭のあの方の名前の事だった。


俺はずっと‘山口’さんだと思っていた。しかし、同僚達二人共が違う名前だと言う。

「だって俺は局長が‘ザキ’って呼んでるのを聞いたぜ?つまり名字に‘崎’が付くんだろ」

一番信憑性がある事を一人は言う。

確かに、俺が思っていた‘山口’にザキ要素は全くない。でももしかしたら名前がザキというかもしれないではないか。

「もう思い切って本人に聞いてみようぜー」

‘川田’と主張していた同僚が言った。

「いやぁ…だってお前、俺達がここに来てから一ヶ月以上経ってんだぜ?今更聞けるかよ…」

‘宇崎’と主張していた同僚が首を横に振り、肩を竦める。

「でも間違ったまま覚えてるのはさすがに失礼だよ」
「まぁ…確かに…」
「うーん…」

俺の言葉に二人は頭を捻らす。一番恐れる事は本人に間違った名で呼ぶ事だろう。
しかしだ。最近山口さんを見かけないのだ。恐らく副長の命令でどこかに潜っていると思うが、少し特殊である監察方の動向を平隊士である俺が知る由もなかった。

俺達三人が考えていると、九番隊の二木隊長が食堂に入ってきた。大人しそうで幸が薄そうな顔をしているが、意外にも戦闘になると鉄砲玉のように先駆けとなり、敵陣へ突っ込んで行くらしい。

彼は何故か俺達と同じ雰囲気がする。何がと言われると困るが…こう、何か

「聞いてみる?」

一人が机の上に乗り出し小声で言った。

「そうだなー…」

俺はチラリと二木隊長を見た。食堂のおばちゃんと何か話をしているみたいだ。
今更先輩の名を確かめるなど大変恥ずかしい行為なのだが、このまま間違いを放っておくわけにもいかない。

意を決して俺が口を開きかけたその時、

「二木隊長、副長が呼んでましたよ」

平隊士の服を着た青年が二木隊長に声を掛けてきた。

「分かりました。今行きます」

二木隊長は食堂のおばちゃんに一礼をし、足早に食堂を出て行く。俺より年下らしいが、誰に対しても礼儀正しい人だ。

声を掛けてきた平隊士の服を着た青年は確か…篠原さんだ。彼も監察方で山口さんは彼の上司にあたる。

「あ、あの…篠原さん。ちょっと良いですか?」
「?…何ですか?」

こうなれば、同じ監察方の彼に本当の名を聞こう。他の二人は吃驚したように俺を見るが、構わず話を続けた。

「こんな事をお聞きするのは大変心苦しいのですが…あの、篠原さんと同じ監察方で、筆頭の…あの方、何と言うお名前でした?」
「え?」

篠原さんは目を丸くして俺を見た。
驚くのは無理もない。俺達がここに来てからだいぶ経つというのに、覚えていないのだから。

俺は簡単に経緯を説明し、もう一度問うた。

「…という事なんですよ。先輩の名前も覚えていないなんて恥ずかしくて」
「あぁ…」

頭を掻く俺に対して、篠原さんは何か考えるよう斜めに目を遣った。そして俺達の方を向き、ニコリと笑う。


「彼は尾崎さんって言うんですよ」


――そうだったのか


俺達三人は納得し、頷き合う。

篠原さんのおかげで心の中のモヤモヤが一気に晴れた気がした。これで彼に出会っても失礼はないだろう、俺は安堵の溜め息を吐く。

篠原さんは「じゃあね」と爽やかに笑い、食堂を後にした。

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