小説 2

新入隊士がゆく‐武士の魂と絆‐

昨日の事件の報告を聞いた局長と副長が俺を讃えた。

「なぁに、誰だって‘初めて’はあるんだ!俺だって初めて真剣を手に敵陣へ突っ込んだ時はドキドキもんだったぞ。何事にも経験だ。名無君のその白刃を前にしても退かない度胸!これからも他の新人達の見本となり、真選組の為そして江戸の為に粉骨砕身してくれ!!」

とても有り難い言葉を頂いた。だが、俺の剣術は畳みの上の水練であった事を恥じいた事件でもあった。



「えっと…」

今日、非番の俺は名倉砥という砥石を手に、一枚の紙を凝視していた。その紙の下には昨日の初陣を共にした愛刀がある。

「まず…切っ先から物打ちのとこまで…あれ、目釘って最初に抜くんだっけ」

ある一室で佩刀の手入れをしようと奮闘していた。刀の手入れを怠ってはすぐに錆びてしまう。刀は武士の魂だ。そんな事はあってはならない。
ちなみにこの紙は刀の取扱説明書だ。小槌型の目釘抜、打粉、油、拭い紙、そしてこの砥石。手入れにたくさんの道具が必要だ。

刀は調理包丁のようにただ研ぐだけではなく、打粉をふり、さらに油を塗る。そうすると切れ味がよくなり刀身を傷めない。
…のだが、刀の手入れなど初めてで説明書を見ても何をどうやったら良いのかサッパリだ。

とりあえず、目釘を抜いてみる事にした。

「…お主、何をしておる」
「えっ?!」

突然背後から声を掛けられ、俺は飛び上がりそうになる。
振り返ると真選組最年長である六番隊の井上隊長が眉間に皺を寄せながら手元を覗き込んでいた。

「刀の手入れを…」
「抜き身のまま目釘を外すつもりか?指をなくすぞ」
「あ」

刀を鞘から抜いたまま、研ぐのが先か目釘抜きが先か迷いつつも結局目釘の方を選んだので、その抜き身のまま続行しようとしていた。

危ない危ない、俺は慌てて納刀する。

「…どれ、私が見本をみせてやろう。良いか?」
「あ、はい!お願いします」

井上隊長は俺の前に座り、俺の刀を手に取った。

「殆どの者は店に任しておるんだがな。斉藤や藤堂などはきちんと自分でしておるようだが…」

そう言いながら目釘抜きで柄の目釘を外し始めた。

ちなみに目釘というのは、刀身が柄から抜けないようにするための釘。柄の中に入ってある茎(なかご)という部分と差し通っている。

「この目釘だが、抜いたら無くさぬようにな。右之が探し回っているところをよく見る」

竹と鋼の目釘二本を俺に見せながらそう言い、机の上に置く。

「沖田と永倉などは刀を使い捨てのような扱いをしとる。激戦の果てに折れる事は致し方ないが…喧嘩ですぐ抜刀する、斬れ味が悪くなると手入れもせんと次の刀を持ち出す…少しは物を大切にする斉藤を見習ってほしいものだ」

井上隊長は溜め息を吐きながら刀を鞘から抜いた。抜き身を少し斜めにして左手で柄頭を握り、手首を右手で叩いていく。

「最初は軽くな。柄の緩み具合をみて力を加減して…」

目の前の俺にそう説明をしながら茎を掴んで柄を抜き取った。そして切羽、鍔、ハバキ、と次々と外していく。

「ハバキが固いのなら茎尻を小槌で叩くが良い。もう錆付いてしまっていたり、乾燥していたりすると固くなる」

井上隊長はそう言うとジッと茎を見据えた。そして顔を上げ、俺の方を見る。

「確か昨日、浪士と遭遇したのだな」
「はい」
「斬りはしなかったのか?」
「はい、防戦一方で…面目ないです」
「いや、責めているのではない」

首を横に振り、拭い紙を手に取る。

「私は局長や沖田などは子供の頃から見ておる。血戦なんぞ何も知らない、無邪気な頃のな。こう、ふと今と重ねて思う時があるのだ」

鍔元から切っ先まで丁寧に拭いていた井上隊長の手が止まる。

「年寄りよりも先に逝くことはなかろうか、と。ここにおると私より若い者達が次々と白刃に身を断ち切られ、落命する。何とも心の内が寂しくなる」

俺は白髪混じりの髪をした年配者を無言で見つめていた。
局長達とはそんな昔からの付き合いなのか。そういえば、手入れの仕方を教えてもらう最中もよく隊長達の名が出ていた。

「…年を取ると感傷深くなっていかん」

井上隊長は眉尻を下げ、笑った。

「柄の中に血が入ることがある。放っておくと錆びるかもしれんから、予めここにも油を塗っておくが良い」

そうか、刀にどこも乾いた血糊が付いていなかったから俺に斬ってはいないのか、と井上隊長は訊いてきたんだ。いつもその暖かい目で仲間達に対して気を配ってくれているのだろう。
‘特別武装警察真選組’という組織が動き出す前から古参達の間では固い絆が築かれていたのか。俺は納得したと同時に感動し、涙腺が緩む。

視界がかすむ中、何やら向こうの方から怒鳴り散らす声と派手に縁側を踏み鳴らす音が聞こえ、それは次第にこちらへ近付いてきた。

「総悟ォォ!!!!俺の煙草に乾燥した馬糞を入れるたぁ余程命が惜しくねぇみてぇだなァ!!!コラァァ!!!」
「馬糞って良い肥料なんですぜィ。先日迷惑かけたみてェだからお詫びにと思ったのにさァ」
「俺は野菜かァァ!!!!」
「あ、人糞の方が良いんだって近藤さんが言ってたんだーちくしょーそーすれば良かったー」
「殺す」

副長と沖田隊長だ。副長はすでに抜刀済みで、手には光り輝く白刃が握られている。俺と井上隊長がいる部屋の前を二人は賑やかに通り過ぎようとした――が、

「あ」

副長達の動きがピタリと止まり、こちらを見てきた。
どうしたのだろうかと俺は首を傾げたが、前方から怒りのオーラを感じ、俺の肩はビクリと震える。

「…」

井上隊長が無言で副長と沖田隊長を見ていた。


何だろう、この貫禄。


先程まで騒いでいた二人は互いに顔を見合わせ、静かになった。そして副長は刀を納め、先程とは打って変わった大人しさで沖田隊長と共に部屋の前を去っていく。

「???」

築かれた絆の中に、この不思議な現象のヒントが隠されているのかもしれない。

俺はそう思った。

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