小説 2

新入隊士がゆく‐剣戟‐

敵は五人、道を塞ぐように横に並んでいる。周りに庶民が数名いたが、皆一様に悲鳴を上げながら逃げていった。

俺は刀を抜いた。
こてを擦り合わせたような音がなり、全ての刀身があらわになる。

「チェェーッィ!!」

敵が尾がひく甲高い気合を発しながら地を蹴る。それと同時にすぐ傍から刃を打ち合わす響きが聞こえてきた。刃こぼれの金気の臭いが微かにする。

剣戟が始まった。
俺は刀を青眼に構え、前を見据える。敵は前方から刀身を振り上げ、剣尖を高々と天に突き上げた。
少し高めの八相からの袈裟斬り、風の唸りを上げて刀身が振り下ろされる。俺はそれを避けずにハバキ元で受け止めた。

間近で聞こえる鋼同士がぶつかる音、刃こぼれの際に出る青い火花。今、まさに白刃が飛び交う戦に身を挺しているのだ。

俺は受け止めた敵の刀を摺り下げ、鍔を使って押し退けた。

「良いねィ。初陣で敵の刀を正面から合わせる新人は久々でさァ」

沖田隊長の声が聞こえ、続いて口笛が鳴る。
見ていてくれているようだ。俺の士気は高まり、柄を握る手に力がこもる。

「隊長ォー!!まるで妖精のようっス!!見ている自分がネバーランドに引き込まれそうっス!!」
「そうかィ、そのまま二度と戻ってくるな」

神山さんは何をしに来たのだろう。発情期の野生動物のような興奮のしようだ。

「さっきの飛び込むような要領で組打ちに持っていってみなせィ。うまくいきゃあ捕縛成功でィ」

再び体勢を整えた敵と打ち合う中、沖田隊長からの有り難い助言が聞こえる。だが、正直余裕が全くなかった。
俺は迫る白刃が己の身を裂かぬよう必死に凌ぐ。五体が自分の意思とは別に動いているような感じがした。
一方的に攻め立てられ、次第に息が上がる。噴き出す脂汗が頬を伝い落ちていった。

「!」

鈍った太刀筋を見極められたか、敵が俺の刀身を掻い潜り、真下に入り込む。そのまま肘を引き、延べ抜きの構えを見せた。


――殺られる…!!

その刹那、水鉄砲が噴いたような音と血の臭いがした。敵が真下で首から血を噴かせながら地に倒れ込む。
傍で沖田隊長が腰に重心を置き、残心の構えをみせていた。赤い液体が物打ちから地面へ滴り落ちている。

一瞬、自分が刺されたのかと思った。
俺は荒い息を整えながら沖田隊長を見る。

「ご苦労さん。初めてにしちゃあ良い出来だ」

気付けば五人程いた浪人は一人残らず地に伏している。全て沖田隊長がやったんだな、という答えにたどり着くのは安易な事だった。

「…すみません。まだまだですね」

俺は己の力量の未熟さに申し訳なさを感じ、溜め息を吐いた。初めての真剣戦を終え、興奮の為か体は小刻みに震えている。

「何言ってるんでィ。退かず敵方に飛び込む度胸があるなんて事を土方さんが聞きゃあ感心すると思うぜ。縮こまって微動だにしない奴が殆どなのにさァ」

沖田隊長は懐紙で拭いた刀身を鞘に納めながら言った。

「ま、慣れでィ。神山、この息がある奴等を早く車につぎ込め」
「イエッサー!!隊長!!車がありません!!」
「じゃあおめぇが屯所まで担げ」
「イエッサー!!」


今の剣術では江戸の治安など守れる筈はない。もっと、さらに激しい訓練が俺には必要なようだ。
俺は未だ納めていない抜き身を見つめながら、今日の事を心に刻み込む。

後ろでは神山さんが雄叫びを上げながら縛られた浪人三体を担いでいた。

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