小説 2

新入隊士がゆく‐巡回三日目‐

朝、局長の体は傷ひとつなく「おはよう!」と、二カリと笑い、元気良く挨拶をしてきてくれた。
やはり昨日のあれは人違いだったようだ。真選組の局長が女性に殴り飛ばされるなんてそんな、

「よ、行こうぜィ」

心の内で空笑いをしていると、沖田隊長が片手を上げながらやって来た。
沖田隊長の任務は終わったようだ。ただ、その任務の事で副長と一悶着あったらしく、朝からバズーカの爆音が屯所を揺るがしていた。
仕事での意見の食い違い、同じ志を持とうと一人の人間なのだ。価値観や思想の違いはあるだろう。それをどう乗り越え、協力しあえるかが大切だ。

「オーイ」

目前で沖田隊長がヒラヒラと手を振っている事に気付き、俺は我に返った。

「す、すみません!」
「三日目だっけ?わりィね。付いて行けなくて」
「いえ、特に何もありませんでしたし、丘隊長と藤堂隊長から色々教えて頂きましたよ」
「へぇーそうかィ」

沖田隊長はポケットに両手を入れ、俺の斜め前を歩いている。相変わらず、他の一番隊員の皆様は自由行動なんだな、と思った。
何故ならば、屯所を出てからずっと、背後から禍々しい嫉妬のオーラを感じていたからだ。振り向かずとも発生源は分かっていた。ぐるぐる眼鏡を光らせた男が鮮明に思い浮かぶ。
気にしてはダメだと思い、放っておく事にした。

「何もなくてつまらなかっただろ?」
「仕方ないです。治安が安定している証拠ですものね」
「表向きはねィ」

ん?表向き?
俺は沖田隊長の意味ありげな言葉を怪訝に思い、首を傾げた。沖田隊長はそんな俺の表情に気付き、ニヤリと笑う。

「そのうち分かりまさァ。アンタはどこかのニコチンヤローとは違って話が分かりそうだし」
「はぁ…」
「義をみてせざるは勇なきなりって知ってる?」
「もちろん!」

俺はその沖田隊長の言葉を聞いた途端、もやもやしていた頭の中が一瞬にして晴れ、目を見開く。

「武士道の教えの一つですよね!正義を敢然と貫く実行力です」

大好きな言葉の一つだ。座右の銘、と言っても良い。


何事にも恐れず、自分の正義を貫く心。


だからといって、わざと危険な道を走り、討ち死になどすれば「匹夫の勇」と言われさげすまれる。反対に真の勇と言われる「大勇」
これら二つの違いを理解する事ができれば、真の武士となれるのであろう。

「ふーん…やっぱり」

沖田隊長は嬉しそうに笑い、再び前を見た。

もしかして、二日間留守にしていた任務の内容に関連しているのかと俺は思った。何かは分からないが、彼は彼なりの正義を貫いたのだろう。
しかし、昨日の藤堂隊長の言葉と今朝の副長の怒り具合から考えるに、若い彼は「匹夫の勇」と「大勇」の区別がまだ未熟なのかもしれない。

人は無限に成長する生き物だ。若い隊長と共に俺も真の武士を目指して心身の鍛練を積み重ねていこう。

「なぁ」
「え?あ、は、はい?」

沖田隊長の言葉に弾かれたように顔を上げた。勝手に未熟者扱いをした事がバレたのだろうか、俺は少し焦った。

「確か昨日まで何もなかったんだっけ?」
「え?」
「見廻り」
「は、はい。特に何もなく平和でした」
「へぇー…じゃあ、ようやくだねィ」

そう前を見据えたまま、沖田隊長は言った。

「え?」
「お出ましでさァ」

前方に刀を帯びた浪人体の男達が路地裏から現れ、道を塞いでいく。


まさかこれは――、

「江戸を蝕む天人の寄生虫どもめ。今こそ我らが天誅を下してやる」

あの神出鬼没な天然攘夷浪士ではなく、素手で大の男を殴り飛ばす女性でもない。まさに敵である我ら真選組を殺そうとしている攘夷浪士だ。

男達の中の一人が抜刀し、向けた剣尖を俺は凝視した。心臓の音が段々と大きくなっていき、耳に聞こえる程になっていく。
そんな俺とは正反対に、涼しい顔の沖田隊長は敵意剥き出しの浪人達の方を指差した。

「…と、いう具合に奴等は大抵固まって行動する。でも自己主張が激しいらしくてねィ。斬りかかる前に何やらほざくんで不意打ちって事は滅多にないから落ち着いていきなせェ」

正々堂々、真っ向勝負。思想は違えど武士の心は同じらしい。俺は少し感心するが、目の前の浪士達は大層ご立腹だ。

「ふざけるな!!小童め!!」

リーダーらしき男が怒鳴ると他の男達も抜刀、太陽の光を反射した銀がキラリと閃いた。
こちらを向いていた沖田隊長が再び前方を見遣る。

「できれば捕縛。危なくなったら遠慮無く斬っちまえ」
「はい!」
「…と、オイ、神山!」

ずっとストーカーしてきていた事を知っていたのか、沖田隊長は刀の柄に手を掛けながら神山さんを呼んだ。
瞬時にぐるぐる眼鏡の彼が敬礼をしたまま現れる。

「イエッサー!!」
「コイツのフォロー頼むぜィ」
「沖田隊長の華麗な舞を傍で見られるなんて光栄であります!!」

鼻息の荒い神山さんの横で俺は自分の愛刀に手を掛ける。とうとうこれを人間に向けて振るう時が来たのだ。


――初めての斬り合い。

しかし、俺は感じていた。
剣戟に身を投じようとする興奮が、不安や恐怖をはるかに上回っていた事を。

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