小説 2

新入隊士がゆく‐巡回二日目‐

結局、昨日は何もなかった。
丘隊長が言うには、七日の内の半分は散歩のような感じで終わるらしい。少し拍子抜けなところもあるが、これもまた江戸が平和な証拠だ。

そして巡回二日目、朝礼時、沖田隊長がいなかった。そのせいか、副長の回りには終始ドス黒い怒りのオーラがまとっており、大変息苦しかった。

「困ったもんだなぁ、お前んとこの隊長さんは」

そう眉尻を下げ、空笑いするのは八番隊の藤堂隊長。バンダナをしていて左頬に傷跡がある。
本来同行すべき沖田隊長の代わりにと自分から副長に申し出てくれたらしい。

「たまに周りが見えなくなる奴なんだ。沖田はまだ若いからな。ある程度年齢がいったら落ち着いてくると思うんだけど」

そう言いながら藤堂隊長は微笑を浮かべた。その瞳はまるで世話が掛かる弟を想うような優しい目。

「でも…その内、抜け殻になって帰ってるんじゃないか…って思うと、心配でなぁ…」

最後の方は聞こえないぐらいに小さな声だった。藤堂隊長は少し俯き、溜め息を吐く。

任務に身を投じる仲間を思う気持ち、何て素晴らしいんだ。俺は感動し、胸が熱くなる。沖田隊長が一体どこで何をしているのか分からないが、ともかくこの心優しい青年を元気付けたいと思った。

「大丈夫ですよ!沖田隊長強いですし!」

俺は声を上げた。すると藤堂隊長は吃驚したように目を丸くし、こちらを見る。

「へぇー…新人にしちゃあ珍しいな。アイツの行動に何の疑問もないの?」
「何をしているのかなぁとは思いますが警察ですからね。緊急の仕事なんて日常茶飯事でしょう?一人で行動をした方がやりやすいって人もいますし」
「…副長って新人の性格まで分かって配属してるのかね。理解してくれる部下を持ってアイツも幸せだな」

藤堂隊長はヘラっと笑った。俺も思わずヘラっと笑い返す。
もしかして彼は俺が沖田隊長に不信感を抱いているのではないか、と心配したのだろうか。だから放置され気味の俺と同行したのかもしれない。
しかし…どれ程深い仲なのかは知らないが、少し心配しすぎているのではないだろうか。こういうのも申し訳ないが…気に病み、早死にしそうなタイプだ。

「でも相手が悪いんだよなー…」

ボソリと藤堂隊長が呟く。

「相手?」
「いんや、何でもない。お!あそこの店、可愛いお姉ちゃん揃ってんだ。寄ってく?」
「…へっ?!」

指差す方を見ると小さな遊女屋があった。俺の口から裏返った声がでる。

「い、いや…!結構です…」

真面目な話からいきなり何なのだろうか。藤堂隊長の読めない行動に俺は慌てて首を横に振った。

「何だ、残念。まだ20代前半だろ?今の内に遊んでおかないと」

あれ?今勤務中だよな、俺は思わず腕時計を見る。そんな慌てる俺を見て、藤堂隊長は可笑しそうに声を上げて笑った。

「あそこはお姉ちゃんとお酒飲むだけなんだけどな」
「あ、そうなんですか」

俺はホッと安堵した。
というか、今は勤務中なんだ。局長にでも見つかってしまっては大目玉を食らってしまう。というか、藤堂隊長も俺の緊張をほぐそうとして冗談を言ってくれただけなんだ。

俺はそう自分に言い聞かせるよう何度も頷いた。


今、俺と藤堂隊長が巡回している地域は眠らない町と言われている歌舞伎町。まだ外が明るいので準備中の札がチラホラと見えるが、営業しているところはしているようだ。店の前で綺麗な着物を着た女性が客引きをしている。

歌舞伎町は犯罪の巣窟とも言われている。ここは気を引き締めていかなくては。

…と、気合いを入れるもやはり何もなく、藤堂隊長と他愛のない話をしながら歩いていた。

「お酒は飲める方?」
「まぁ、飲める口ですね」
「なら一度丘と勝負してみ?絶対負けるぜ」

「へぇ」と俺が藤堂隊長の言葉に頷きかけたその時、

「またお前かァァァァ!!!!」

歌舞伎町が揺れるかと思う程の怒鳴り声。俺はビクッと肩を揺らす。
木が砕ける音とガラスが割れる音がけたたましく鳴り響き、目の前の建物から弾丸のように黒い塊が木クズと共に飛び出した。

もしやテロか?!
俺の心頭に一閃が走り、身が強ばる。
パラパラと木クズが落ちる中、桃色の着物を着た女性が建物から出てきた。

「あれ程私から半径100メートル以内に近付くなと言っているじゃありませんか」

その声色には、今朝の副長と匹敵するぐらいの怒気を含んでいる。
飛び出してきた黒い塊は向かいの建物まで破壊し、ガレキの下敷きになっていた。

テロではないようだ。しかし、ただ事ではない惨状に俺は何が起こっているのか分からず、どうすれば良いか指示を請う為に隣の藤堂隊長を見た。

「あー…」

目が泳いでいる。
何だろうか、これは藤堂隊長が困惑する程の非常事態なのか。初めての事に不安が過ぎる。

――しかし、俺は特別武装警察真選組隊士だ。何事にも冷静に臨機応変しなければならない。

握る拳に力を入れた途端、ガレキの山から「ガハハハ!!」と、豪快に笑い声を上げながら男が飛び出してきた。


一瞬、俺は己の目を疑った。


局長だ。


「やだなー、じゃあどうやって半径100メートル以上離れてあなたの姿を拝めばいいのですか?いくら私の目が良いからと言ってさすがに」
「拝まれるのが嫌だからそう言っているんですよ?」

女性はニッコリと笑い、飛び出してきた局長の胸ぐらを掴み、宙を浮かせた。

「仕方ありませんね。私が地球外まで飛ばしてあげましょう」

微笑む女性はそう言うと、局長を野球ボールのように軽々と天高く投げ飛ばした。宙に投げ出された局長は米粒程までに小さくなり、キラーンと光ったような気がした。
女性はパンパンと手をはたき、扉が破壊された建物へ入って行く。

「…」

いや、もしかしたら真選組のコスプレをした局長のそっくりさんかもしれない。
俺は再び、隣の藤堂隊長を見た。


「…うん、慣れるわ。そのうち」
「…」



今日も江戸は平和なようだ。


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