小説 2

武州の正月 4

三試合目、土方と永倉だ。再び、きのこやらたけのこやら言い始めた総悟達を背後にして、二人は中央に進む。
永倉は竹刀の先で畳を軽く小突いた後、前を見据えて青眼に構えた。
彼は神道無念流の使い手だ。この流派は「力の剣法」と言われ、兜や鎧ごと斬ろうとする力強い剣風が特徴である。竹刀稽古では、軽く打つことを許さない。渾身の一撃を一本とした。
だが、永倉は小柄な体格のせいか、そこまでの力は出せず、組み討ちが苦手。彼なりに、筋力を鍛えるなどをして努力をしたが、中々思うようにはいかなかった。
永倉は思い切って戦い方を変えた。神道無念流最大の特徴「力」を捨て、「速さ」と「技」を使うようになった。そうして、素早い接近戦を得意とし、攻めにも守りにもそつが無い、俊敏な剣法へと変わっていく。しかも彼は頭の回転が早く、戦いのセンスが抜群に良かった。
今でこそ、近藤道場で一番腕が立つと言われる永倉だが、最初から強いわけではない。小柄な故の苦労に苦労を重ねての「今」であった。
対しての土方は、構えあって構えなし。相手の動きに応じてその裏を取る。頭の回転の早さは誰よりも優れていた。どの方角から攻撃が来ようとも、絶妙な返し技を繰り出すことができる。しかし、喧嘩の際は、使える物は全て使えといった荒々しい戦い方だった。
土方は片足を滑るようにして前へ出し、空を裂いて胴を攻めた。永倉は腰を落とし、竹刀を受け流しながら回り込み、切っ先を突き上げた。竹刀を立てて凌いだ土方は半歩下がり、上段に構えて肘を引いた。突きがくるかと永倉は両肘を上げる。しかしその瞬間、土方は身を低くし、上に偏った永倉の胴を狙った。
永倉は片手で持った竹刀を打ち当て、猛撃の軌道をずらす。倒れ込むようにして姿勢を低くすると、空いた片手で畳につき、ばねのようにして横へ飛んだ。

「見事な牽制だ。永倉も良く避けた。相変わらず二人とも冴えてるなぁ」

近藤は感嘆の声を洩らす。顎を撫でながら前のめりになって試合を見ていた。

「岳って中途半端じゃねぇか。なんで山じゃねぇんだよ」
「村だって十分中途半端でィ。なんか芋くせぇし」

試合に夢中な近藤の隣では、原田と総悟が未だ論争を続けていた。
開けっ放しの縁側から物音がした。それに気付いた藤堂が「あ」とした表情になる。原田の後ろに回り、総悟の肩を叩いた。

「来たよ」

藤堂は縁側を指差す。茶色の髪を後ろで束ねている青年が道場の中を覗いていた。

「あ、終じゃん!」

総悟はハゲ頭を叩き、小走りで縁側に行く。斉藤は珍しそうに、今行われている試合を見ていた。

「試合してるの?」
「うん。美味い肉をかけて」
「肉?」

斉藤は首を傾げる。総悟は斉藤に見せようと思い、井上がくじで当てた高級肉を取りに行った。
竹刀の乾いた音が鳴る道場内では、永倉が切っ先を僅かに動かして、烈しい続け技を巧妙に外していた。
永倉は間合いを空け、霞の構えを取った。自分の口辺りで竹刀を水平にする守りの構えである。上段に対する構え方で、全てを守る事ができるという防御に重点を置いた構えだが、土方は誘われているように感じた。
土方は小手を打ち込みにいった。永倉は叩き落とすように防ぎ、その流れで下段に構える。土方は自然と上段を攻めにいっていた。永倉は飛び込んできた土方の面打ちを素早く跳ね上げる。切っ先を頭上に上げ、左から右へ車に回して面を打った。

「勝負あり!」

井上が声を上げる。

「永倉の一本勝ちだ」
「あぁーくそっ!誘ってんの分かってたのに」

土方は悔しそうに顔を歪めて、舌打ちをした。打たせて勝つ後の先が冴えた見事な技だった。

「あ、終来てたんだ」

汗を拭う永倉が斉藤に気付く。斉藤は沖田に例の肉を見せてもらっていた。

「お疲れ様」
「お!そうだ!」

近藤は声を上げて手の平を打つ。

「斉藤もどうだ?これで四人になるだろう!」

表情を明るくして、斉藤を高級肉争奪戦に誘った。原田は腕を冷やしていた氷水を放り出して身を乗り出す。

「終の試合見たことねぇな!やろうぜ!」
「うーん…」

しかし、斉藤は気乗りしないような返事をした。じっと見据える視線の先には、豪華な箱に入れられている肉がある。

「思うんだけど……」

目を丸くする近藤達の前で、斉藤はぼそりと呟く。

「この肉、中村さんに差し上げたらどうかな」

中村さんとは、新春武術大会の主催者、呉服屋の中村一之介である。昨年、門前払いを食らってから顔を合わせていなかった。
斉藤の提案に、一同沈黙し、動きが止まる。冷たい風が通り過ぎ、古い戸板がカタカタと鳴った。

「そ、そうだな……来年の為を思うと、な……」

近藤が声を上擦らせながら頷き、寒空を見上げて空笑いをした。

[*前]





オチが……弱い。

流派説明は、本当半分ねつ造半分なので、気になる方はご自身で調べられた方が良いです。
特に永倉に関してはだいぶ盛りました。あそこまで自分の背丈を気にするのなら、それはそれなりの理由があっていいんじゃないかと思いました。

沖田も永倉も、最初っから無双してたわけではなく、努力してあそこまで強くなったんじゃないかな。
勝敗に関して、何か色々思うところがあるかもしれませんが、私の中の武州時代はこんな感じです。藤堂が大人しいのも仕様です。

夏ぐらいに頂いた拍手リクからでした。
武州の正月といいながら正月の雰囲気はあまりしない。

後書きをつらつら書くのもあれなのでこの辺りで!


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