小説 2

武州の正月 3

結果、近藤が勝利した。下段青眼に誘われた藤堂の竹刀の切っ先を鍔で受け、そのまま摺り上げて胴を打った。

「次は原田と沖田か」

井上は二人を見る。待機組の四人は、先程の乱闘の件で怒られ正座させられていた。
呼ばれた原田は「いたたっ」と呟きながら崩した足をさする。総悟の方はすんなりと立ち上がった。体の柔軟性の違いである。

「きのこの岳がどんだけ美味いか、そのハゲ頭に刻み込んでやらァ!」
「ケッ!たけのこの村こそ至上なんだよ。お子様にはわかんねぇか?」

亜麻色の少年とハゲ頭の青年の間で火花が散る。試合が始まる前には感じなかった険悪な雰囲気に、水を飲んでいた近藤が首を傾げた。

「何の話だ?」
「菓子の事だよ。どっちもマヨネーズ掛けたら収まる話だっつってんのに……」

土方は不機嫌そうに顔を歪める。あれから話は原田の髪の真偽から、菓子の論争へと変わっていた。
どさくさに紛れて足を崩した土方の隣で、未だに正座をしている永倉が、肩を落として溜め息を吐く。

「みんなそれ、食べたことないくせに…」

きのこの岳とたけのこの村とは、今、江戸で人気だという菓子。原田達は、江戸に良く行く斉藤に聞いただけの話で食べた事はなく、名前の語感だけで優劣を勝手に決めていた。
身長差がある二人が対峙する。睨み合う二人の双眼には、並々ならぬ闘志がみなぎっていた。まるで、生死を分かつ決戦前のような雰囲気は、井上に開始の合図を遅れさせる程であった。
総悟が先に動いた。原田に間合いを計らせる間も与えず、素早く距離を縮める。総悟の得意技、三段突きを繰り出した。小手に迫る突きを防ごうとも、次は胴、次は面、と続けざまにくる。神速の技を前にして、殆どの者は訳の分からないまま、全ての突きを浴び、足を浮かせて倒れる事だろう。しかし原田は違う。小手を狙う突きを上から叩き、瞬時に跳ね上がらせて胴にきた竹刀を弾く。竹刀を左へ開きながら残りの一手を受け流し、後方へ飛んだ。

「ちぇっ!」

出だしで決めてやろうと思っていた総悟は、悔しそうに舌打ちをした。原田の口角が上がる。

「何年見てきてると思ってんだ?」

そう言うと同時に畳を蹴った。
総悟が「速さ」なら原田は「力」である。近藤も力強いが、彼はどちらかと言うと「気」だ。上段青眼から振り下ろされる原田の竹刀を一度受ければ、鉄槌で打たれたような衝撃が走る。以前、まともに受けた門下生が、白目を向いて倒れてしまった。
まだ子供である総悟の力では適わない。竹刀を合わせてしまっては、力負けをしてバランスを崩し、その隙に打たれてしまう。
その様な事は百も承知の総悟は、唸りを上げる竹刀を受けず、軽やかに横へ飛んで交わした。

「総悟は年々強くなっていくなぁ……周りの奴等に揉まれているからか?」

近藤は総悟に向かって、我が子を見るような眼差しを送っていた。

「背丈もここ数年でぐっと伸びたし」
「!」

とうのむかしに背丈を抜かされている永倉の耳がぴくりと動いた。なお、小柄な彼の背丈はここ数年変わっていない。
試合の方は、総悟が目にも止まらない続け技を繰り出しているところであった。原田の大柄な体格に向かって、左右の胴に小手、三度の面を打ち込む。石火のような攻めが止まると、原田はすかさず、竹刀を飛ばした。総悟は腰を落とし、迫る竹刀の軌道を潜り抜けて攻めに出る。左の胴を狙ってきた総悟の竹刀を、原田は身を躍らせながら弾いた。
ここで原田は力業にでた。一度弾いた総悟の竹刀に自身の竹刀を絡ませ、力任せに押し返した。総悟の足元がよろめく。原田はその隙を見逃さず、素早く竹刀を翻して胴を狙った。総悟は避けずに突きを繰り出す。原田の竹刀と総悟の竹刀が交錯した瞬間、一際弾けた音が道場内に響いた。
原田の竹刀は総悟の胴を捉え、総悟の竹刀は原田の腕を捉えている。原田と総悟は二人同時に井上の方を向いた。

「どっち?!」

見事に二人の声が合わさる。井上は軽く息を吐いた。

「右之だな」
「よっしゃーっ!!」

原田は拳を振り上げて喜びを露わにする。総悟は「えぇーっ?!」と不満の声を大にして顔を歪めた。

「絶対俺の方が早かった!!」
「体格の差だな。もう少し近間に詰めておったら違ったかもしれん」

原田の方が攻撃範囲に余裕があった。総悟は先にバランスを崩された為、間合いを詰めるまでの余裕はなかったようだ。
井上の言葉を聞いた総悟は、頬を膨らませながら近藤の元へ行く。

「二人共お疲れさん。おしかったなぁ総悟」

近藤は隣に座った総悟の頭を撫でる。ふと原田の方を見ると、彼はしきりに腕をさすっていた。

「どうした?」

原田は歪めた顔を向ける。そして、眉をひそめる近藤ではなく総悟に対して言った。

「お前、思い切り突いただろ。火で炙られてるみてぇに痛ぇ」
「じゃあ俺の勝ちじゃねぇの?ダメージ的に」
「あぁん?竹刀稽古なんざ、先に当てたもん勝ちだ」

原田は腰を下ろす。藤堂が「氷水で冷やしたら?」と気に掛けていた。

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