小説 2

武州の正月 2

近藤達は餅を食べながら、どういった形で試合を行うのかを話し合った。その結果、くじ引きで対戦相手を決めることにした。餅をくるんでいた紙を細長く千切って番号を書く。同じ番号を引いた者同士が対戦するというやり方だ。

「私はいい。脂物がどうも受け付けなくてな」

そう言い、辞退した井上を除く六人が試合をすることになった。原田は顎を撫でながら首を傾げる。

「最後どうすんの?三人になるぜ?」

高級肉を手にする事ができるのは優勝した者のみ。三試合行い、それぞれの試合で勝利した者同士が戦うわけだが、三人では従来の試合をする事ができない。なのでまず、三人の内の二人が対戦し、その勝者が残りの者と対戦するのかと訊いた。
土方は、空になったマヨネーズの容器で、胡座を掻いた膝を叩きながら答えた。

「三人いっぺんにすりゃあいいんじゃねぇか?」

返ってきた言葉は実に適当だったが、原田は納得した。
道場から見える柿の木が、寒風に撫でられ鼠色の枝を揺らす。試合を始める前に、近藤が主催者として挨拶をと皆の前に出ようとしたが、土方と原田から早くしろと急かされ、話をする前に肩を落としながら引っ込んでいった。

「よぉーし!始めるか!」

腕まくりをした近藤が肩を鳴らす。竹刀を持ち、道場の中央へ行った。先にいたバンダナ頭の青年に向かって、二カリと笑い掛ける。

「よろしくな!藤堂!」
「よろしくお願いします」

藤堂は軽く頭を下げた。
高級肉争奪戦第一試合目は近藤と藤堂だ。楽しそうな表情でいる近藤に対し、藤堂の顔はは緊張で強ばっていた。
検分役は井上がつとめた。近藤は自流の基本構え、平青眼に構える。藤堂は青眼に構えた。

「凹助って北辰一刀流だよな」

永倉が原田に問う。北辰一刀流の基本構えは青眼。とはいえ、一刀流の殆どは青眼からなのだが、この流派は「鶺鴒の構え」といって、青眼に構えた竹刀を不規則に上下させて拍子を取ることで有名だ。
剣を習う者なら一目で分かるような事だが、原田は眉根を寄せて首を傾げた。

「さぁ?」
「…」

永倉は土方を見る。頭の良い彼なら知っているだろうと思った。視線に気付いた土方は、ぴくりと片眉を上げる。

「形なんぞに拘ってたら喧嘩なんかできねぇよ。相手をやっちまえばいいんだ」
「……あ、そう」

剣術は自己流の彼等に訊いた自分が馬鹿だったのかもしれない。もういいや、と永倉は諦めた。
道場の中心では打ち合いが始まっていた。鶺鴒の構えから入った藤堂は、先に動いた近藤の竹刀を滑らかに受け流す。すぐ様、畳すれすれに竹刀を打ち上げ、近藤の小手を狙った。近藤は鍔元で受け止めて押し返し、構えを崩した藤堂に向かって竹刀を飛ばす。藤堂は力強い攻撃を辛うじて打ち払い、後方へ下がって間合いを空けた。

「近藤さんの攻撃は重い。まともに防いじまったら、すぐには次の手が出せねぇ。返し技を封じられたな」

頭の後ろで腕を組み、柱にもたれて見ていた土方が言った。
近藤は手首の力が異様に強い。手首の力が強ければ打ち込む力も強くなる。畑仕事でくわを振っているからだと、近藤は言っていた。少なからず、それもあるかもしれないが、やはり、大男も握り込むことの出来ない極太の木刀で、日々、素振りをしているからであろう。先代から受け継がれている稽古方法だ。
総悟は煎餅を食べながら試合を見ていた。良い試合を見ていると、戦闘意欲が増してくる。

「待ってんの暇でィ。こっちはこっちで一戦やっちまえば」
「痛っ!」

束ねている髪を引っ張られた土方が声を上げた。青筋を浮かべて総悟を睨む。

「あ?!やるかコラ!」
「お年玉くれ。もしくは原田みてぇに禿げろ」
「剃ってるだけだから」

原田は自分の頭の事を、頑なに剃っているだけだと言う。真偽は定かではない。総悟はハゲ頭に疑いの目を向ける。

「剃ってるとこみたことねぇんだけど」
「こんだけ綺麗にすんの結構苦労するんだぜ?」

話を聞いていた土方が、意地悪そうに口角を上げた。

「いや、お前、むかしっからそう言ってっけど、実は若禿げ隠してるだけじゃねぇのか?一部分の禿げ残しちまうより全部剃っちまった方が格好付くもんな」
「あぁーっ!!トシさんまで!!ひでぇー!!」

悲鳴のような声を上げる原田の横で、永倉は可笑しそうにケタケタと笑っていた。
騒がしい観客席を余所に、試合の方は続いていた。近藤は気迫のこもった掛け声と共に、猛然と打ち込みにいく。藤堂がそれを俊敏な技を持って返す。近藤の気合と藤堂の技がぶつかり合っていた。
弾けるような音が続けざまに鳴る。さすが道場主といったところか、近藤の方が果敢に攻め入り、優勢であるように見える。畑を耕しているだけの大将ではない。
しかし、藤堂も腕が立つ。下から跳ね上がってくる近藤の竹刀を外して小手を狙い、相手が避けて下段に移ったところをすかさず突く流れ技は見事なものだ。
近藤は右手を車輪の軸のように回して打ち込みにいった。藤堂が防いだと同時に、防御困難な左へ回り込む。そのまま一気に胴を狙おうとした時、突如、横合いから茶色の塊が飛んできた。

「うわぉっ?!」

近藤は声を上げて飛び退く。茶色の塊は壁に当たり、畳の上を転がっていった。その塊の正体は、煎餅を入れていた器であり、入っていた筈の醤油煎餅は、道場内に散らばっていた。
試合は一時中断。検分役の井上が、煎餅の器が飛んできた観客席を見る。いつの間にか場外乱闘が勃発していたらしい。しまった、と顔を強ばらせている土方達がいた。

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