小説 2

新入隊士がゆく‐宴‐

朝礼が行われていた大部屋に酒瓶や料理が並ぶ。机などはなく、全て畳の上に並べられていた。比率で言えば、酒:食べ物=8:2の割合。


「これから共に歩む同志達に!!」
「かんぱーい!!」

近藤局長が乾杯の音頭を取り、宴が始まった。
隊士達は待ってましたと言わんばかりに酒瓶を次々と開け、コップに焼酎をなみなみと注いでいく。中には直接酒瓶の注ぎ口に口を付け、ラッパ飲みをする者もいた。
部屋が一気にアルコールの臭いで満たされ、弱い者であればこの空間に居ただけでも酔いそうだ。皆、目の前の食べ物には手を付けずに酒ばかり呑んでいる。
空きっ腹に酒は酔いやすいと思うのだが…真選組隊士は剣術だけではなく、酒にも強くなければならないようだ。

この歓迎会が始まる前、宴の間、市中見廻りはどうしているのかと同じ一番隊隊士の方に訊いてみたところ、斉藤隊長と井上隊長、後は数名の隊士達で廻っているそうだ。
宴好きな真選組隊士達は、この時ばかりは仕事を嫌がる者がほとんどだという。そこで、見廻りのシフトを決めている土方副長は、宴の夜に仕事を入れても何一つ文句を言わない者を、所属する隊に関係なく選んで入れているらしい。

そう聞くとだ。
実は世間から鬼と言われている真選組副長は皆に甘く、優しい方なのだろうか。
警察の仕事より宴を選ぶという、少し常識から外れた隊士達の事まで気を使ってくれている。

そんな事を思いながら俺は目の前にある唐揚げを取ろうと腰を浮かした。筋肉が悲鳴を上げ、ピタリと箸が止まる。

筋肉痛だ。原因は鬼のような厳しい訓練。
すぐに筋肉痛になるのは若い証拠だと言うが…動かす度にギシリギシリと聞こえてきそうな己の体を思うと、先程の副長に対する緩い考えは吹っ飛んでいった。

昼間、訓れ…ではなく喧嘩する隊長二人に制裁を与えた副長は、沖田隊長から仕返しと言わんばかりのバズーカを発射されたのだ。
それからというものの俺達新人隊士はその八つ当たりまがいの激しい訓練をさせら、


――いや、何を考えているんだ俺は。
この程度で根を上げていては江戸の治安を守れはしない。決してさせられたのではない。八つ当たりでもない。副長は俺達が不逞浪士の餌食にならぬよう鍛えてくれていたのだ。

ただ、傍に居た山口さんを殴っていたのは、八つ当たりだと断言できる。


数人の新人隊士達が局長の元へ酒を注ぎにいっていた。
思いにふけっている場合ではない。俺も慌てて近くの酒瓶を手に取り、局長の元に行く。

「局長。名無権平です」
「おぉ!あの礼儀正しい子か!」

面接の時の事を覚えてくれていたようだ。近藤局長はニカッと歯を見せて笑い、空になったコップを前に出した。俺はそれに酒を注ぎながら覚えてくれていた事に感動し、思わず顔がほころぶ。

「剣の腕も中々のものだと聞いた!確か総悟の隊だったな。期待しているぞ!」

大きな手で俺の肩をポンと叩く。
面接の時から思っていたのだが、なんて不思議なオーラを醸し出す方なんだ。これが人徳というものなのか。

人の上に立つ者は仁の精神を忘れてはならない。

このような教えが武士道にある。
真選組局長近藤勲、まさにこの方こそが武士道の鏡と言っても過言では、

「よぉーし!!そろそろやっちゃおうかな?!」

突然、局長はそう叫ぶと勢いよく立ち上がった。俺は思わず座ったまま後ずさる。

「よ!!待ってました!!」
「俺はてっきり新人の前でゴリラ被ってんのかと思ったぜ!!」
「それを言うなら猫だろ!ゴリラは最初っからだっつーの!!」

隊士達が口々に大声を上げ、口笛を吹く。
無礼講というやつだろうか、敬意の欠片も感じられない言葉が飛び交った。

「うぉりゃあぁぁ!!!!」

局長は獣のように雄叫びを上げる。すると、唖然としている俺の目の前に生尻が飛び込んできた。


――え?


あ、服を脱いだんだ。という思考までたどり着くのに何時間も掛かったような気がした…が、実際は数秒。

周りの隊士達は「格好いいぜ!!局長!!」「いよ!!男前!!」と、手を叩き大喜びだ。

全裸の局長は仁王立ちをし、ガハハハと豪快に笑う。股の間か…いや、あえて何も言うまい。
酒が入ると露出をしたがる癖でもあるのだろうか、とりあえず俺は生尻がこちらに近付く前に、その場から這うように逃げた。

そんな局長に背を向け、無表情で酒を呑んでいる副長の姿が視界に入った。一見、上司の破廉恥な行動に気を止めていないという感じだが、その端整な顔立ちのこめかみ辺りがピクピクと痙攣していた。

ふと、俺は思った。
局長に酌をして副長にしないのはおかしいのではないか。他の新人隊士は誰も酌をしようとはしない。この方独特の近寄りがたいオーラがそうさせているのだろう。


――やるしかない。


俺は酒瓶を持つ手に力を込めた。心臓が大きく波打つ。初めて討ち入りに行く時も同じような感じになるのだろうか。
一人の男に酌をする事と人を斬る事をイコールで繋ぐのはおかしい、と自分でも思う。

「ふ、ふ、副長!名無権平です!よろしくお願いします!」

語尾が若干上擦った。副長は驚いたように目を見開くが、無言で酒を飲み干すと空になったコップを前に出した。すかさず俺は酒を注ぐ。


――刹那、俺は男になった気がした。


「…お前で二人目だ」
「え?」
「いや、数年前にもいたんだよ。歓迎会で俺に酌をする変わり者の新人が。何考えてんのかヘラヘラ笑いながら‘どうぞ’ってな」

副長は鼻で笑い、注がれた酒を口に含む。

ガチガチな俺とは正反対だ。今もここにいる方なのだろうか。
感心している俺の背後で山口さんが何かにつまづいたのか豪快にこけ、酒瓶をぶちまけた。瓶の割れる音が派手に鳴り響く。

「ちょっ!おま、何してんの?!」

慌てて原田隊長が山口さんの腕を引っ張って体を起こさせる。

「あー!ごめん!!」
「わぁー派手にやったなぁ…怪我はないか?」

頭を抱える山口さんの元へ藤堂隊長がやってきた。俺は周りにいた隊士達と一緒に割れた酒瓶を片付け始める。

背後で副長が「変わらんな」と呟いたが俺には何のことか分からなかった。

[*前] | [次#]





戻る

- ナノ -