二万打感謝企画

窮地の言霊 6

起動していないエレベーター室に逃げ込んだ沖田は、鉄でできた壁に背を滑らせて座り込み、前髪を掴んで、苦しげな表情を浮かべた。

「きっつ…」

小柄な体格とはいえ、左一本で永倉を抱えて走るには、大変厳しいものがあった。
狭く暗い空間に、荒い息づかいが響く。永倉は、赤黒い手で額を押さえたまま、大量の汗を掻いている沖田を見た。

「ごめん……眩暈がひどくてどうにも」
「脳みそやられたんじゃね?」

沖田の言葉に永倉は「洒落にならん」と呟く。そう遠くないところで、浪士達の喚く声がした。

「時間がねぇ、さっさと話すぜィ」

沖田は、肩を揺らしながら息を整え、滝のように流れ出る汗を拭った。

「奴等は表に爆弾仕掛けてやがる」
「…」

沖田が言っていた『罠』のことだ。永倉は何も返さず、黙って聞いていた。

「たぶん、スイッチオンでボン言うヤツだ。俺が通っても何もなかった」

沖田は懐から小さな鉄製の丸いものを取り出す。

「こっから出て、すぐに吹き抜けがある。そっからコイツを落としゃあ、衝撃で爆発する……あぁ、爆発すんのはコイツで、仕掛けてる爆弾を誘爆させるってこと。建物んごと奴等を潰す」
「待て。お前と心中なんか嫌だぞ」

建物ごと浪士達を潰すつもりなら、同じ場所にいる自分達も潰される。永倉は即座に、沖田の案に反する言葉を吐いた。

「俺だって嫌でィ」

沖田は眉を上げて言い放つ。少し開いているエレベーターの扉の向こうを気にしながら話を続けた。

「投げた後、窓から飛び降りる」
「っ…!」

驚愕した永倉の目が大きく見開く。

「ここ何階だよ…」
「五。この建物と川の間に木が生い茂ってる。ちと狭いけど…うまくいけばクッションになる」

沖田の真剣な声色は、覚悟を決めている証だ。永倉は、まだ揺らぐ頭を押さえながら黙る。増水し、荒れ狂う川に落ちれば、這い上がることは不可能。うまい具合に樹木の中へ落ちることができても、間近に炎上する建物があるのだ。延焼は免れない。
しかし、浪士達を潰し、二人とも助かるには、その僅かな可能性に賭けるしか道はなかった。
慌ただしい足音が近付いてきた。木嶋の怒鳴り声がすぐそこまで来ていた。

「…なぁ、永倉」

突如、沖田が落ち着いた声で永倉に話しかけた。耳慣れない声質に、永倉は目を丸くする。

「おめぇが傍で戦ってると安心する。いつだって先を見て、こっちがやりやすいように道開けてくれる。おかげで俺ァ、思う存分、刀振り回す事ができる。体ちっせぇくせに、でけぇんだ」
「……お前、それ、なんのフラグ」

その言葉の意味よりも、何故、今、この状況で、それを言い出したのか――永倉は眉をひそめて沖田を見つめた。

「…あぁ…全く、らしくねぇなァ」

沖田は持っていた小さな爆弾を握りしめる。エレベーターの扉から、浪士達の足が見え隠れしていた。
激しい濁流が低く唸る。沖田は「行くぞ」と言い、立ち上がった。

「俺も」

永倉は痛む体を奮い立たせ、立ち上がり、沖田の背中を見て言った。

「お前といると心強いよ。こっちが渡したパスを必ず受け取ってくれる。だから俺は、迷わず刀を振るうことができるんだ。どうしようもないサディストで空頭のお前に、傍で戦ってほしいって思ってる」

澄んだ、濁りのない声。沖田は振り返らず、プッと噴き出した。

「一体、なんの告白タイムだよ」
「お前が先に言ってきたんだろ!」

背後から聞こえる焦ったような声に、沖田は軽い笑い声を立てる。振り向き、顔を紅潮させている永倉の頭に手を置いた。

「生きようぜ」

癖のある黒髪を撫で、扉の先を見据える。窓から差し込む淡い月明かりが、やけに神々しく感じた。

[*前]







終わったような終わっていないような中途半端な終わり方ですが、考えた妄想を言ってしまうと、駆けつけた土方達の目前で旅籠が爆発し、飛び降りた沖田達を見て、土方と誰かが助けに行くといった感じの終わり方になります。

沖田と永倉、いつの間にか良いコンビになってくれました。


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