二万打感謝企画

窮地の言霊 4



――突如、男達の叫喚と物が壊れるけたたましい音が、古い建物を揺るがした。木嶋は刀を下ろし、襖の方を見る。ひょろっとした細身の男が姿を現した。

「おでましだぜ。どういうわけか、一人で乗り込んできやがった」

木嶋は鼻で笑い、永倉から手を離す。崩れるように倒れた永倉は、畳から伝わる僅かな振動を感じ取った。亜麻色頭を思い浮かべる。

「仕方ねぇ、奴も捕まえて、他の真選組の奴等を釣る餌にするか」
「ミイラ取りがミイラになるってやつか。そこのチビはどうすんだ」

細身の男は、永倉を指すように、顎をしゃくり上げる。木嶋は煙草を取り出し、火を付けた。

「アイツをこっちに招き入れろ。野郎共も集合だ。全員で手厚くもてなしてやろうぜ」

細身の男は「うぃ」と低い声で返し、近くにいた男達に部屋へ入るよう促した。
ひっきりなしに鳴る甲高い金属音が、永倉の耳に届いていた。木嶋は沖田が重傷であると言っていた。そんな状態の者が、多人数を相手にしているというのか、無茶だ――噴き出した焦燥感に、思わず拘束された体を動かすが、痛みが全身を電流のように駆け巡り、顔を歪めただけとなった。
内ポケットで、鳴り始めた低い振動音は、男達の耳には届いていない。その発生源は、何度目かの着信を知らせる携帯電話だった。


木枠が割れている格子窓から、薄い月光が流れていた。
両手を背中に回され、男の手で拘束された沖田が、部屋に連れて来られた。永倉は身を乗り出すが、背後に付いた男に、襟首を掴まれ強く引っ張られる。
野次馬のように集まってきた男達が、二十畳程の部屋にも入りきれず、廊下にまで広がっていた。嘲るような笑い声の中、荒い息づかいが混じっている。

「何故、仲間を呼ばなかった?」

目を据わらせて木嶋が問う。その視線の先の沖田は、両肩を上下に揺らし、見るからに、疲労困憊した様子だった。

「んな害虫退治のような罠に掛からんねィ…」

沖田は少し掠れた声で答える。

「…仕掛けもんに気付いたか」

吐き出された紫煙が月明かりに消えていった。
木嶋達は爆弾を仕掛けていた。沖田が仲間を呼びに行ったとすれば、その仲間諸共爆破させるつもりだった。

「聡明な副長さんも気付きそうだがね。それでも助けを呼ばんとは……何か?芋は芋なりのちんけなプライドがあんのか?」

喉の奥から押し出すような笑い声に、沖田は怒りの感情を弾けさせた。
背後の男の顎に頭突きを食らわし、拘束する相手の両手が弛んだ瞬間、腹に肘をめり込ます。逆上した沖田は、木嶋に殴り掛かろうとするが、周りにいた男達に飛びかかられ、あっけなく抑えられてしまう。
再び両手を拘束され、すすけた畳に顔を押し付けられる。鋭く睨み据える、その視線の先では、木嶋が大柄な体を揺すって哄笑していた。

「無様だな。洋助、そのお前さんの足んとこにある……あぁ、それだ。持ってきてくれ」

洋助、と呼ばれた男は足元にあった厚い木板を取り、木嶋に渡した。木嶋は男達に押さえつけられている沖田の右腕を取り、木板の上に乗せる。そして、近くにいた男に押さえておくように言い、立ち上がった。

「刀持てねぇようにしてやる」

木嶋は沖田の腕に片足を乗せた。骨を折るつもりだ。依然、睨み続けている沖田を見下ろし、薄ら笑いを浮かべる。

「止めろっ!!」

永倉が濁流の音も消すような大きな声を上げた。止めに入ろうとするが、すかさず、背後にいた細身の男が小柄な体を引き戻し、頬を殴りつけて、腹を突き上げる。握った両手で永倉の後頭部を殴り、畳に叩きつけた。

「馬鹿!じっとしとけ!チビ!」

沖田が叫ぶ。木嶋は永倉を一瞥した後、片足を下ろす。口に加える煙草を噛みしめ、苛立ちを露わにした。

「他に気ぃ遣ってる場合かオラァ!!」

木嶋の片足が、沖田の右腕を踏みつけた。厚い木板で浮かされた腕は、曲がる筈のない方向へ折れ曲がり、言い表しようのない不気味な音が鳴る。
誰かが口笛を吹いた。沖田は激痛に呻き、折れた腕を抱える。そこへ木嶋は、容赦なく蹴りを入れた。

「俺はな、お前が、でこを地に擦り付けて、許しを請う姿が見てぇんだ」

激しい痛みが、身を起こそうとする沖田を襲う。頭の奥で脈を打つ低い音が響いていた。

「…俺ァ、生粋のSなもんでね……んな、Mっ気あることできねぇよ」

大粒の汗が大量に浮かんだ顔を上げる。木嶋は無表情のまま、沖田の横っ面を蹴りつけた。

「まさかお前……この状況で、まだ逆転できると思ってんのか?」

そう静かに言い放つ。押さえている左手ごと沖田の右腕を踏みつけ、擦り潰すように、足を動かした。
沖田は顔を伏せたまま、呻きもせず、微動だにしない。木嶋は眉を上げ、苦々しげに舌打ちをした。

「悲鳴のひとつぐらい上げろよ。やりがいがないだろ」

亜麻色の髪を鷲掴みにし、上体を畳から離して腹を蹴り上げる。周りで見ている男達の中から一人、坊主頭の男が前に出た。

「なぁ、俺にもやらせろよ」
「あぁ、そうだ。独り占めはズルいぜ」

坊主頭に続き、他の男達も木嶋に近付いてきた。
陶器が割れるけたたましい音が鳴り、男達はその方を見遣る。沖田を助けようとした永倉が拘束されたまま、細身の男に木の棒で殴り付けられていた。

「永倉!!良いから!!平気だ!!」

沖田は弾かれたように顔を上げ、負傷した腕を、痛めつけられても上げなかった声を辺りに響かせた。
木嶋は不快げに眉をしかめて、唾を吐いた。

「虫唾が走る。おめぇら、リンチにすんのは、左腕も折ってからでいいか?」

周りの男達は、木嶋の問いに対して口々に同意する。それらを見た木嶋は沖田の左腕を取り、厚い木板を寄せて、先程と同じ様な形にした。

「安心しろ、まだ殺しやしねぇ。大切な釣り餌だからな」

周りの男達の口から、せせら笑いが発せられる。立ち上がった木嶋が、畳を鳴らした――その時

「止めろって言ってんだろ!!!」

屋敷に轟く大音声が、空気を震えさせた。驚きに目を見開いた木嶋が振り返ると、永倉が木の棒を振り上げ、大きく跳躍している姿が視界に飛び込む。

「な」

咄嗟に避けようとしたが避けきれず、木の棒は木嶋の横鬢を抉るように通り過ぎていった。
鮮血が飛び散る。永倉はそのまま、倒れ込むように着地した。木の棒が手元から離れ、乾いた音を出して畳の上に落ちる。

「き、貴様……どうやって」

木嶋は抉られた顔を押さえ、憎しげに永倉を睨み据えた。

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