刻と時

07

秋も深まる長月の夜、日中の騒々しい近藤道場でもさすがにしんと静まり返っている。稲穂が風に揺れる中、鈴虫の音と共に柝声が闇夜に響き渡った。

「八ツでござぁーい」

深夜となると番助も気を使ってか少し柝と声のトーンがダウンする。いつもの巡回ルートを行き、いつもの近藤道場前を通る。
番助は拍子木を打ち鳴らし歩いているとその近藤道場に何やら人らしき黒いものと赤い光が目に入った。月の明かりでそれは男が火のついた松明を持っていると分かる。しかし、道場の者が厠か何かかも知れないと大して気にはせず再び拍子木を鳴らそうとしたその時、秋風と共に油の臭いが番助の鼻を過ぎた。

「!」

まさか放火犯?

そう思ったと同時に番助は拍子木をこれでもかと言わんばかり思い切り打ち鳴らした。

「く、く、曲者ォォォ!!!曲者ォ!!!」

その叫喚に松明を持った男は吃驚して飛び上がり一目散に逃げる。番助は必死に拍子木を打ち鳴らす。石につまづきながらも慌てて逃げる男の前に人影が飛び出した。

「うぉりゃあぁぁ!!!」

番助の柝声に負けないぐらい大きな声で吼え、男の横鬢を竹刀で殴りつける。パーンッ!と竹が鳴り男は横へ吹っ飛んだ。

「近藤さん早すぎ」

土方が壁に肘をつき、つまらなさそうに近藤を見る。

「トシだったら手加減しないだろ」
「近藤さんだって十分遠慮なしだったぜ?」
「俺は竹刀だ」

う、とバツが悪そうに黙り込む土方の手には木刀が握られている。そこへ欠伸をしながら永倉がやって来て眠そうにボリボリと頭を掻いた。

「俺から見りゃ二人とも早いよ」
「番助お手柄だな。さすが番太だ!」

ガハハハと豪快に笑い番助の肩を叩く。番助は顔を緩ませ照れながら首の後ろを掻いた。

「しかし、何なんだこいつは」
「あ!!」

土方が顔をしかめ気絶している男に近付こうとしたその時、いつの間に来ていたのか藤堂が声を上げた。

「?」

四人が一斉に藤堂を見る。彼が指を差している方を見ると近藤家の畑が赤い炎をあげ燃えていた。

「あぁーっ!!!!」

どうやら近藤が男を飛ばした際、男が持っていた松明も手元から飛んでしまったようだ。そして畑に落ちて火が農作物に燃え移ってしまったらしい。

「水!!水!!」

永倉も一気に眠気が吹っ飛び、慌てて中庭の井戸へ裸足のまますっ飛んで行った。

「こ、これはどういう」
「井上さん!!説明は後っ!!」

驚愕している井上に対し、両手に桶を持った土方が叫ぶ。お手柄番助は混乱しているのかひたすら拍子木を打ち鳴らしていた。

「あぁ!!丹精込めて作った野菜がァ!!!」
「近藤さん!!早く消火しねぇと精魂込めて築きあげた道場も無くなるぞ!!番助うるさい!!つかあのハゲはどうしたァ?!ハゲは!!」
「爆睡しとるわァァ!!!」
「その桶藤堂に渡して叩き起こしてこい!!」


丑の刻、日中より二割増にうるさくなった近藤道場を月の中の兎が馬鹿にしたように見下ろしていた。

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