06
悲鳴と罵声が道場内に飛び交い、ドタバタと畳の上を裸足で走り回る。時折、弾けるような乾いた音が鳴っていた。
そんないつもとは違う喧騒を背景に土方は縁側で胡座を掻き、茶をひと飲みする。
「へぇ、それでこっちに来たのか」
「そうそう。追い出されたような感じでね。相当悪い事してたみたいで、父も変なもん押し付けられたって嘆いてたよ」
斉藤は茶飲み片手に苦笑する。その彼の前にある羊羹に楊枝を持つ手が伸びてきた。
「猛猿館か、聞いたことあるなって思ってたんだよ」
近藤はそう言い、羊羹を口に入れる。この甘味もまた昨日の団子と同じく斉藤の差し入れだ。
「また変な輩に目を付けられましたな」
腕を組み溜め息を吐く井上の横を小さな玉が転がってきた。土方はそれを拾い、手の平でコロコロと転がす。
「いいじゃねーか。俺達で猿共を懲らしめてやろうぜ」
「こちらに何か被害があってからで良いだろ。無闇やたらに喧嘩ふっかけても敵が増えるだけだぞ」
「よく言うよ、近藤さん。俺よか絶対敵作るのうまいし」
小さな玉を中庭に向かってピンッと指で弾く。猪突猛進、来るもの拒まず、去るもの追う、そんな大将は「そうか?」と首を捻る無自覚なところがまた敵を量産する原因だ、と土方は思った。
「近藤さん!!沖田にあんなもん買い与えたらだめだって!!」
原田が叫びながら走り去る。その後ろを総悟が近藤に買ってもらったエアガン片手に追いかけていた。
「こらぁ!総悟!!人に向けて撃つなって言ってるだろ!!」
近藤に怒鳴られ総悟の足がピタリと止まる。不機嫌そうに頬を膨らませ、エアガンの引き金に人差し指を入れてくるくると回した。
「ちぇっ!ならどこに向かって撃てば良いんでィ」
「おい、俺に向かってそれ撃ってみろ」
押し入れの中に隠れていた永倉が飛び出し竹刀の先端を前に突き出す。その先にいる口をへの字に曲げた亜麻色の子供は片眉をピクリと上げ、エアガンの銃口を小柄な青年に向けた。
パン!パン!パン!と、小さな玉が続けざまに三つ出る。すると片手青眼に構えていた永倉は竹刀の先端を少し動かすだけで飛んでくるそれらを全て弾いた。玉の一つが壁に当たり畳に落ちる。
「おー!!すげぇ!!」
原田が目を丸くして手を叩き、傍で座って見ていた藤堂も「おぉ」と声を上げた。永倉は竹刀を肩に担ぎどうだと言わんばかりに総悟を見る。ただ背がその子供より低いので見下ろせない事が残念だ。
「何でィ!そのどや顔!!俺もそれぐらい…凹助!!お前がこれをやれ!」
「え?お、俺?」
自分を指差し焦る藤堂の元に永倉が近寄り、その肩をポンと叩く。
「遠慮しなくて良いぞ!あのクソ生意気なガキの脳みそぶち抜いてやれ」
「十発ぐれぇ続けて撃って良いから!」
総悟が「ほらほら」と慌てている藤堂の胸にエアガンを押し付ける。三人の傍では原田が大声で笑っていた。
「おぉーい!目に当たって失明でもしたらどうするんだ?!蝿を撃ち落とすとかに使ってくれよ」
「アイツ等が聞くわけねーじゃねぇか。斉藤、そいつ等の道場はどこにあるんだ?」
再び怒鳴る近藤に向かって土方はそう言いながら羊羹の上でマヨネーズをブシュブシュと鳴らす。「チッ」と舌打ちをし、ゴミ箱の中へ空容器を投げ入れた。
「ここからちょうど反対側の外れにあるよ。ほら、以前、道場荒らしにあって捨てられたところ」
「はー…あそこか」
もちろんその道場荒らしの連中はここにも来た。結果、相手を足腰立たないぐらいにボコボコにしてやって終わった。
「久方振りに獲物を見つけた目をしているな、十四郎」
「井上さん、剣の腕っていうのは適度に暴れなきゃ錆びちまうんだ」
土方は半分呆れた目で見てくる井上にニヤリと笑いマヨネーズまみれの可哀想な羊羹を口に放り込む。その食べ物に対してか発言内容に対してか、近藤は眉間にしわを寄せた。
「殴り込みか?」
「野試合気分で遊びに行きゃいいんだよ」
売られる前に売りに行こう、土方は楊枝を皿に置き立ち上がる。そして竹刀を取り無数の小さな玉が転がっている道場内に入っていった。
「…やっぱり今回も後始末は俺ですか?」
「お願いします」
土方の背を見ながらボソリと呟く斉藤に近藤は縁側の床に両手をついて頭を下げた。
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