04
町の商店は明六ツ刻に開き、その半刻後には職人が出勤する。巳刻の頃には、道端にござを引いたその上に商品が並べられており、鍛冶屋からは鉄を打つ規則正しい音が聞こえる。茅葺きの建物の中に五程の縁台がある茶屋の前では、娘が行き交う人の袖を掴み客引きをしていた。
「何か買ってくだせぇ」
露店の前で総悟にねだられ近藤は「うーん」と数秒考えると、しゃがみ丸い筒を手に取った。
「これはどうだ」
「万華鏡やないですかィ。俺はおなごじゃないんですぜィ。こっちとか」
総悟はそういうと銃のようなものを近藤に見せる。
「うぉ?!銃器ィッ?!」
「旦那、旦那。そんなおっかないもん置いてはいまへんて。こう使うんですわ」
店の主人が苦笑しながら総悟から銃らしきものを受け取る。そして小袋から小さな丸い玉をひと握り取り出すと、その銃の中に入れた。
「いきまっせ?」
主人はそう言い、向かい側にある看板へ銃口を向ける。パンッ!と音が鳴り、木に何か当たる音が聞こえた。
「???」
「ちっせぇ玉飛んだ!」
何が起こったのか理解できず、はてなマークを散らす近藤の隣で総悟が目をキラキラさせて銃を指差す。
「お!よう見えたなぁ坊主!そうですわ。これはエアガンゆうてな、この小さい玉、ビービー弾をここに入れて…引き金を引くと飛ぶっちゅう仕組みですわ」
主人が上方言葉で説明する前で総悟は身を乗り出し、「へぇー!」と目を輝かせる。その後ろで土方が首の後ろを掻きながら顔をしかめた。
「天人が持ち込んだものか?」
「まぁ、持ち込んだ言いますかぁ…作る技術を学んだっちゅー感じですなぁ」
胡座を掻く主人はエアガンを回しながら土方を見上げる。
「近藤さん!これが良い!」
「えぇ?!…た、高くない?」
「ゆうたかて所詮遊戯銃、んなたこうないです。そこの万華鏡二つ分ですわ」
近藤は唸りながら頭を抱える。隣で大きな瞳に小さな星を散らばせながら見つめてくる亜麻色の子供をちらりと見た。
「甘いわぁ…」
結局エアガンを買い、上機嫌で先を行く総悟の後ろで土方は溜め息を吐いた。
「大体、武士は刀だ。銃なんて邪道だ」
「その刀も今や廃刀令で持てないがな」
土方の隣で近藤は眉尻を下げ乾いた笑いをする。先程まで鼻歌を歌っていた総悟がくるりと振り向いた。
「そういえば、何で終に凹助が刀持ってたって言っちゃあだめなんですかィ?」
「斉藤家は幕府から雇われた見廻り組だからな。この廃刀令が下された御時世に刀持ち歩いていたなんて御用されるだろ?」
近藤は見上げてくる子供に向かって人差し指を立たせ答える。総悟は「ふーん」と、いまいち分からないといった表情で首を傾げ再び前を見た。
「もしかして彼も幕府から何かしら命じられた武士かもしれんしなぁ」
近藤の言葉に土方は「普通そんな奴が輩にからまれるか?」と苦々しそうに呟く。
「ちらっと見たが結構な業物だったような…」
「アンタの目利きは総悟の正々堂々と同じぐらい信用できねぇ…イタッ!!」
突如、土方は頭を押さえる。前を見ると総悟が買ってもらったエアガンの銃口を土方に向けていた。
「はぁ…実弾だったらなぁ…」
「…上等だ、コラ。その空の頭叩き割ってその玉詰めてやらぁ!」
「総悟君?!人に向けて撃っちゃだめって店の人言ってたでしょォォ?!」
人目もはばからず取っ組み合いの喧嘩をし始めた二人。近藤はやはり買わなければ良かったか、と後悔した。
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