02
日中、竹刀の音や気合、矢声が響き渡る近藤道場には館長の近藤勲を始め、先代の友人で古株の井上源二郎、門下生の沖田総悟、食客の土方十四郎、道場前で行き倒れになっていたところを拾われ、それから当然のように居着いている原田右之助、深夜子供と間違えた近藤に拾われた永倉新七、そしてつい二日前に此処へ連れてこられた藤堂凹助がいた。
勿論、近藤道場には他にも十数人の門下生はいる、のだが――
「食らえ!スパーク斬り!!」
総悟は畳を蹴り竹刀を振り上げて土方の面に向かって打ち込む…かのように見せかけて素早く竹刀を引き、黒い固まりを投げつけた。
「うぉ?!」
打ち込んでくるかと思い竹刀を構えた途端、何かを投げつけられ土方は慌てて後方へ飛ぶ。同時に黒い固まりが足元でパンッ!パンッ!と派手な音を立てた。
「総悟ォ!!それはただの爆竹だろォがァ!!」
立ち上る白い煙を竹刀で斬り、逃げる亜麻色の子供を追いかける。
「土方の喧嘩剣法を真似ただけでさァ」
「どこが!俺は爆竹なんつー小道具は一切使わねぇ!」
――そんな稽古、とは呼べないただの悪ふざけのお遊びを見て、まともな門下生は去っていくのだ。
「…近藤先生、今一度道場訓を見直すべきでは」
「源さん、皆まで言うな。言いたい事は分かるぞぉ…」
自由奔放な門弟達を見て一番の年配者と館長は深い溜め息を吐いた。
門下生が日々減っていく故に道場の御財布事情は厳しくなる一方だ。それに加え、館長が犬や猫を拾うように人を拾ってくるから困ったもの。道場の庭で畑を耕し自給自足で頑張ってはいるが、飯の取り合い戦争が毎度勃発している程厳しいのが現状だ。
食客の奴等はというと、井上は指南役にも関わらずたまに町へ働きに出かけている。永倉は実家が元藩の取次役で金に余裕があるらしく、毎月旅代として振り込んでもらっている金を道場に入れていた。二日前に来た藤堂はこのまま居着くのかどうか分からない。
問題は土方と原田だ。
「若いのだから外へ働きに出たらどうだ」
「働いたら負けかなって思っている」
井上の言葉に原田はどこか誇らしげに親指を立てる。
土方は土方で、
「道場破りならいつでも行くぜ」
…と意気込んではくれるが、それでは本当に門下生が一人もいなくなってしまう。その手に持つマヨネーズ代もバカにはならない。
そんな貧困道場をいつも助けてくれる者がいた。
「こんにちはー」
「あ!終!!」
縁側からの声を聞き、総悟が嬉しそうに駆け出した。その先には長い茶色の髪を後ろでひとつにまとめた青年が手を振っている。
「はい、米」
ドン、と縁側に置かれた米俵に総悟が座る。そこへ近藤がやってきて亜麻色の頭をポンポンと叩いた。
「いつもすまないなぁ。斉藤家に頼りっぱなしで…本当に助かるよ」
「気にしないで」と微笑む目の細い青年は斉藤終。家は幕府から雇われた見廻り組だが、彼は手伝い程度で、いつも父親が務めているらしい。たまに近藤道場へ遊びに来ては米や食料を持ってきてくれる。
「江戸行ってきたんだろ?!どんなんだったんでィ!」
米俵の上で総悟は子供らしい好奇心旺盛な目を輝かせて斉藤を見つめた。家の仕事で江戸に行っていたらしい。土方もその話には興味があるらしく、いつの間にか襖にもたれて聞き耳を立てていた。
「うん、凄かったよ。ビルっていう高い建物がたくさんあってね。上には飛行船っていう空飛ぶ船が」
「すっげー!!船が空飛んでいるのか!!それ程軽い船なのか?!どんな大男が飛ばしてるんでィ!」
米俵から落ちんばかりに身を乗り出し、はしゃぐ総悟に近藤は「竹とんぼじゃないんだぞ」と豪快に笑った。
「治安はどうだったんだ?」
土方は無表情で斉藤に問う。彼には天人に占拠された江戸の風景などには興味がないようだ。総悟を見て笑っていた斉藤も土方の問いに顔が真顔になる。
「悪かったよ。攘夷戦争で生き残った浪士達がまだ諦めてないらしくテロとか頻繁に起こしてるみたい」
「まだ江戸は危ないようだな。遊びに行くのはまだ先だ、総悟」
「えーっ?!」
近藤は笑い、ふてくされる総悟を慰めるかのように亜麻色の頭を乱暴に撫でる。
土方は何か考えるかのように腕を組み空を見上げた。
――カーン、カーン
「八ツでござぁーい!!」
半刻ぶりの番助の声がした。斉藤は「あ」と言い、袋を取り出す。
「お土産、みたらし団子」
その言葉にふてくされていた子供の顔がパッと明るくなった。
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