刻と時

01




集落から少し離れた所に建つお世辞でも立派とは言えない道場。涼しい秋風が吹き、まだまだ紅葉とは程遠いヤマモミジの木が小さく揺れる。

「ハゲ!食べ過ぎだろ!何個目でィ!それ!!」
「お前ちゃっかり両手に持ってるじゃねーか」
「俺は成長期なんでィ!いっぱい食べなきゃ永倉のように身長止まりまさァ」
「まぁーた言ったかこんのガキ!表に出ろ!!」

永倉は青筋を浮かべ側にあった竹刀を掴み立ち上がる。彼に踏まれそうになった握り飯達を原田が間一髪横にずらし避難させた。

「やってやらァ!今日は負けねぇ!」

総悟は手に持ってる握り飯を口の中に放り込み竹刀を持つ。頬を栗鼠のように膨らませ永倉と一緒に裸足のまま中庭へ飛び出していった。

「昼休み中も稽古か!さすがだなぁ!!」

少し離れたところで近藤はガハハハと豪快に笑い、そのまま大きく開けた口の中に握り飯を入れる。

「今は永倉の方が上ですが、直に沖田が抜かすでしょうな」
「俺も井上さんと同感だ。総悟は喧嘩馴れすりゃあ化け物になるぜ」

竹刀の打ち合う激しい音と二人の罵声が飛び交う中庭を見ながら井上は笑い、土方は目の前の漬け物にマヨネーズをかける。

稽古では良い勝負をしている二人だが、喧嘩になると永倉の圧勝で終わる。近藤に拾われる前は賊相手に喧嘩をしていた永倉相手では神童と言われている総悟でも歯が立たないのだ。

「場馴れは大切だな」

近藤も二人に同意し、茶を一気に飲み干した。しかしひと息をつくと眉をくもらせながら「うーん」と唸る。

「だが…同じ釜の飯を食ってる者相手ならまだ良い、質の悪いチンピラや賊相手の喧嘩なんて…総悟にはまだ早い。危険すぎる」

茶飲みを畳の上に置き、腕を組み天井を仰ぐ。自分の子の一人旅を反対するような心情になっているのだろう。土方は溜め息を吐き近藤を見た。

「近藤さんは過保護なんだよ。俺はあれぐらいの年でも暴れ回ってたぜ」
「いーや!総悟はダメだ!何かあってからではミツバ殿に申し訳が立たないからな!」

日頃穏和な彼だが、こうと言ったらてこでも動かない。口を横一文字にし、自分に納得しているのかうんうんと大きく頷く。

「おい、そこの…変な名前の奴!」

飯を取り合う対戦相手がいなくなった原田が握り飯を頬張りつつ手招きをしていた。その先にはバンダナをした短髪の青年が座っている。

「凹助です」
「そうそう、それ。飯無くなるぜ?遠慮せずに食えよ」
「右之助君はもう少し遠慮した方が良いと思うよ?」

勝負あったのか永倉がやってきて残り一個となった握り飯を見つめている。縁側では膨れっ面の総悟が中庭を向いて胡座を掻き頬杖をついていた。

「ほれ、最後の一個だけど」

そう言い、永倉はバンダナ頭の青年に握り飯を差し出す。青年はその握り飯を受け取り頭を下げた。

「ありがとうございます」
「…俺より年上だろ?そんな敬語じゃなくても良いぜ」
「ありがとう」
「切り替え早っ!」

そんな様子を見ていた近藤はボリボリと首の横を掻きながら困ったように眉をひそめた。

「藤堂は大人しいな」
「近藤さん、原田や永倉の順応力が異常なだけで慣れない場所に放り込まれた奴の反応はあれぐらいが普通かと」
「あぁ、トシも最初はあんな感じだったもんな!」
「…」

大きな声で笑う近藤に対して土方は苦虫を噛み潰したような顔でそっぽ向く。


――カーン、カーン


遠くの方から木を打ち鳴らす音が聞こえてきた。それは段々近くなり、木の音の後に男が何か叫んでいる。

「九ツ半でござぁーい!!」


――カーン、カーン…


外を見ると拍子木を持った細身の男が歩いている。

「番助か」

茶を入れていた井上が顔を上げた。

番太、番太郎といわれる仕事がある。夜警や火事、水門などの番に当たり、刑場の雑用などもする。簡単にいえば警察機関の下っ端中の下っ端、身分の低い者が町や村から雇われる。夜は拍子木を打ち鳴らし時刻を知らせながら町内を回った。


――というのは天人が来る前の話。


今現在、番太は居なくなり、代わりに幕府から雇われた見廻り組が居て、時刻もひと目で分かるという時計が持ち込まれた。

その時計はとても重宝された。昔、日常に使われる時刻は不定時法という日の出と日の入りを時刻の基準として、昼夜を別々に等分する時法が使われていた。それは季節・緯度によって一刻の長さが昼夜で異なる、それ故に呼び方が違ったり同じだったり…と、はっきりいって使っている自分達も混乱してしまうようなそんな複雑な時法だった。

「よくやるよな、アイツ」

近藤は遠ざかっていく柝声を聞きながら道場の外を見た。毎日、どんな天候でも昼夜半刻ごとに町を回り、皆いつ寝ているのだと不思議がっている。ちなみに無許可、彼が勝手にやっている。番助、という名は町の者が勝手に付けた名だ。


――番太郎の番助

本名なんて誰も知らない。

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