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「…死んでねぇか?コイツ」
土方が大八車の下でピクリとも動かない男を見てボソリと呟く。その言葉を聞き、暴走車を押していた主犯格とされる原田が慌てだした。
「こ、これは不慮の事故であって故意でやったわけじゃあ…なぁ?!凹助?!」
「お、俺に同意を求められても…押せって言うから」
「いーや!!同罪だ!殺人依頼された殺人者が罪に問われないわけねぇだろ?それと同じ」
「違う!違う!それなら同乗者も罪に問われないか?」
「それは俺の事か?!俺は必死に止めてたぞ?!」
大八車の前で原田、藤堂、永倉がギャーギャーと言い合う。
「罪の擦り合い醜いでさァ」
総悟が足で転がっている銃を自分の元に寄せる。近藤がそれに気付き「あ!」と声を上げた。
「コラ!総悟!!触っちゃいかん!!」
「え、引き金引かなきゃ良いんでしょ?」
「ダーメッ!」
近藤が総悟の額にコツンと拳を当てると、足元まできていた銃を拾った。総悟は額をさすりながら「チェッ!」と、口先を尖らす。
「どれどれ」
井上が溜め息混じりに呟いてしゃがみ、倒れている男の手首を持った。未だ三人は何か言い合っている。
「…ちゃんと脈はあるぞ。死んではおらん」
井上が三人を見上げて言った。
「昆布!!」
「明太子!」
「鮭だ!!」
「…」
何故食べ物の名を叫んでいるのか分からず眉を寄せている井上の肩を土方がポンと叩く。
「井上さん、そいつ等はもう握り飯の具について言い合ってるだけだから放っておけば良いかと」
「…そうか…ん?」
男の手首を持っていた井上が何かに気付き、大八車の下を見る。倒れていた男が呻きながら身じろいでいた。
「気付いたようだな」
持っていた手首を引っ張り男の体を大八車の下から出す。男はハッと目を見開き上体を起こした途端――、
「てめぇが早く起きねぇから危うく俺が殺人者になるところだったじゃねーかァァ!!」
「ぐはぁっ!!」
原田の叫び声と共に男の体は宙を飛び壁に激突する。木の壁が壊れ、うつ伏せに倒れた男の背中に木クズがパラパラと落ちていった。
「…また気絶させてどうすんの?」
原田の強烈な蹴りを食らい再び意識が飛んだ男を見て永倉が言う。原田は顔をひきつらせアハハハ…とハゲ頭を掻きながら笑った。
「今度こそ死んでたりして」
「こ、こら!総悟君!滅多なことを言うんじゃない!」
総悟の言葉に原田は焦りながら倒れた男に近付いていった――その時、
――カーン!カーン!
「え?」
近藤が目を丸くして外を見た。何刻ぶりか、これだけ長い事聞かなかったのは初めてだったのでは。
「五ツ半でござぁーい!!」
「あ!番助!!」
ひょっこり空いた壁から出てきた顔を見て総悟は嬉しそうに駆け寄った。
「…また今回も派手にやったね…」
隣では斉藤が苦笑しつつ壊れた壁を見ている。土方は「いつもの事だろ」と顔を歪め近寄る。
「何だ、迎えに来てくれたのか?」
「番助が連れてってくれって土下座してまで言うから…仕方なく」
斉藤は壁の穴から中に入り、辺りを見回しながら言った。向こうの方で原田が一人の男の両肩を揺さぶりながら「オーイ!」と呼びかけている。
「アイツがボスだろ?」
土方はすぐ隣まで来た斉藤に問う。
「そうそう。…生きてる?」
「さぁ?」
肩を竦め首を横に振った。
カンカンカンと不規則なリズムの柝声が聞こえてきた。番助ではなく総悟が鳴らしているようだ。土方の口から大きな欠伸が出る。そういえば畑騒動で全く寝ていない、帰って寝るか。窓から見える満月を見ながら再度欠伸をした。
「ん?疲れたのか?」
近藤が土方の顔を見ながら問う。
「なわけないだろ。もっとこう…己の力を存分に発揮できる楽しい喧嘩がしてぇな」
「こんな田舎ではなぁ…コイツを見れただけでも奇跡に近い」
銃を片手に近藤が言う。土方は「確かにな」と笑った。
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