刻と時

16

「退いた退いたァァァ!!!」

原田が大八車を押し長屋内を暴走させる。ちなみに本来二、三人で引くものだ。

「屋根落ちてこねぇだろうなぁ…」

永倉が不安げにミシミシと木の音が鳴る天井を見上げる。藤堂が辺りを見回し、気絶している男達を避けながら歩み寄ってきた。永倉がそれに気付き「よ」と声を掛ける。

「初陣とは思えない動きだったな。こんな殴り合いした事なかったんだろ?」
「あぁ」
「教えた急所を確実に狙えてるし、これでもうちょっと相手が強かったらなぁ」

永倉がつまらなさそうに足元で気絶している男を木刀でつつく。藤堂もそれを黙って見ていたが、ふと永倉の方を向いた。

「こんな事しょっちゅうあるのか?」
「しょっちゅうっていう程じゃねぇけど…ある日突然ってのが多いわ」

そう言い永倉はケタケタと楽しそうに笑った。

「良い刺激になるだろ?仲間も個性的な奴ばっかだしさ。ほんと、毎日飽きねぇよ。ただ飯がゆっくり食えないのはなぁ…」

天井を見上げ「ハァ」と溜め息を吐く。ハゲ頭が暴れているせいで微妙に梁が揺れている。

「へぇ…」
「へぇ…って凹助君。君ももう近藤道場の食客なんだからもうちょっと明るくならなきゃならないよ」
「え?」

永倉の言葉が意外だったようで藤堂は目を丸くし驚く。

「俺、近藤さんから何も言われてないけど…ずっと居て良いのか?」
「良いんじゃね?俺は一度出て行こうとしたらどこ行くんだって止められたぜ?右之なんて飯食わせてもらってから一度たりとも出て行こうとせず、働きにも出ず、ずっと居着いてるらしいし」

またケタケタと笑う永倉を見て藤堂はそれはそれで大人としてどうなんだろう、と思った。

「なのにあの館長は出て行けなんて一度も言った事ないんだ。どんなに喧嘩で問題起こそうとも笑って済ませてくれるんだよ。あ、でもちゃんと落とし前つけて来なきゃ怒られるけど」

永倉はそう言い、最後にこう付け加える。

「みんな喧嘩は強いが、近藤さんの人徳には誰一人勝てねぇ」

近藤という磁石から出る力は凄まじい。威力も凄いが変な者ばかり引きつけてくる変わった磁石だ。しかもそれらをしまう懐のでかさは宇宙並ときたもんだ。

「そっか…」

藤堂は安心したのか、今まで無表情に近かった顔がほころぶ。

「ありがとう」
「へ、お、おぅ」

何で礼を言われたのだろうか、と思いつつ永倉は藤堂に釣られヘラッと笑った。

「…何をしておる?」

ヘラヘラと笑う二人を怪訝そうに見てくる井上に気付き永倉は「わぉ?!」と声を上げる。

「げ、源さん!いつの間に」
「?…何か良からぬ事を企んでないか?」
「いやいや、滅相もない!右之じゃあるまいし」

首を激しく横に振り否定をする永倉を見て井上は「なら良いが」と呟く。

「もうほとんどの者は逃げてしまったようだな。早く上を叩かないと逃げた者が助けを呼ぶかもしれない。行こう」

そう言い、近藤達が行った方向を見る。藤堂は頷き、永倉は大八車の荷台に乗ってひと休憩している原田に向かって「行くぞ!!」と叫んだ。

「あ?右之。よく見りゃお前木刀持ってきてないじゃん」

永倉は大八車を引いてきた原田が丸腰だという事に気付き、これはどうしたと言わんばかりに自分の木刀を指で叩く。

「邪魔になるしよ。どうせ敵さんが持ってきてくれるし。それに今回はこいつがあるしな!」

と、笑いながら大八車を叩く。どう見ても木刀よりこの大型二輪車の方が邪魔だ。

「ボスんとこ行くんだろ?俺に良い考えがある」

自信満々に言う原田に対して嫌な予感しかしない永倉と井上は自然と顔が歪む。藤堂一人何だろう、と首を傾げた。

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