刻と時

13

猛猿館には戌の初刻に行く予定だったが、一刻早めて酉の初刻、大体日が暮れ始める頃に出発する事にした。総悟が行くことになったので日没まで待つ意味がなくなったからだ。
そしてちょうど日が完全に落ちる頃に猛猿館に着いた。土方達は草むらに隠れ様子をうかがった。結構敷地が広い。その中に建つ長屋には灯りがついており人影もいくつかみえる。

「ここの者達はほぼ全員道場で寝泊まりしているらしいな」

しゃがみ草木の隙間から向こうを覗き井上が言った。

「寝泊まりっつーか、帰る場所がねぇんだろ。ただのゴロツキの溜まり場だよ」

身を低くして辺りを探っていた土方が戻りその場で胡座を掻いた。

「土方みたいなにーとがいっぱいいるわけだ」

木にもたれ木刀を抱えている総悟が意地悪そうに笑う。もちろん懐には玉がいっぱい入ったエアガンが忍ばせてあり、今からの喧嘩が楽しみで仕方ない様子だ。
反対に同じく初陣の藤堂は緊張した面持ちで長屋をジッと見ている。

「凹助、もうちょっと肩の力抜いて」
「あ、あぁ…」

藤堂は永倉の声に弾かれたように顔を上げ頷くと座り直し再度長屋の方を見た。

「緊張することはないぞ!!相手をスイカだと思え!!スイカ割りだ!!でも本当に頭かち割って殺しちゃあいかんぞ!!」
「近藤さん!声でかい…!」

慌てて原田が人差し指を立ててシーッ!と言う。いつもの豪快な笑いをしようとした近藤だったが、口を大きく開けたまま止まった。

「集まってくれ」

土方に呼ばれ七人が小さな輪を作る。

「恐らく猿共は弱い奴等から出してきてこちらが疲れてきたところで強い奴を出してくる」

弱い奴等はただの駒、放火犯が良い例。そんな考えを持つ奴がとる戦法はこれだ。

「それでボス猿は奥でふんぞり返ってるわけよ。そいつを最優先でボコるぞ。ボスがやられれば烏合の衆の猿共は途端にしっぽ巻いて逃げ出すだろうよ」
「本物の猿の群れとは大違いだな」

大きな欠伸をしながら原田が言った。

「でもそのボス猿がどこにいるのか分かっているのか?」

近藤が木刀で肩を叩きながら土方に問う。秋が深まった夜は少し肌寒い。ぶるりと体を震わせた。

「分からん。そこは蹴散らしながら探す」
「…相変わらず慎重なんだか大胆なんだか」

木刀を下ろし肩を鳴らした。月の光が口を一文字に結んだ近藤の顔を照らす。

「なぁなぁ、乗り込む時あれ使わねぇか?」

原田が楽しそうに声を弾ませながら猛猿館の門前を指差した。

「大八車?」

荷物を運搬する為に使う大型の二輪車だ。何かに使ったのだろうか、門の前に置いてあった。

「あれで戸をドォーン!と、突き破るわけよ。奴等びっくり仰天するぜ?」
「それなら荷台に何か乗せよう…何が良いか」
「これは?」

総悟が竹の筒数本を土方に見せる。

「ほぉ、爆竹か」
「小道具は使わねぇんじゃなかったっけ?嘘つきー。嘘つきは死ねー」
「自分で見せておきながらそれかァァ!!!」

また原田が慌ててシーッ!と口の前に人差し指を立てる。土方も「あ」という表情になりゴホンと咳払いをした。

「よ、よし…そいつをあの荷台に乗せ…発火させたと同時に長屋へ突っ込ますぞ。それが喧嘩開始の合図だ」

遠くの方で野犬の遠吠えがする。土方は立ち上がり木刀を肩に乗せた。

「派手に暴れてやろうぜ」

目を付けた相手が悪かったんだ、ニヤリと笑い猿共がたむろする長屋を見つめる。続いて近藤が立ち上がって腕まくりをし、たすきをかけた。

「百姓魂を見せてやろう!」

土方が眉をひそめ「侍魂は?」と呟く。

「総悟、俺の側を離れるんじゃないぞ!」
「近藤さんは俺が護ります!だから掛かってくる敵は俺が全てぶちのめしてやりまさァ!」
「…嬉しいことを言ってくれるじゃないかっ…!」
「近藤さん、奴はうまい事言って一人で先に行こうとしているだけです」

総悟の言葉を聞き、涙声で言う近藤に対して永倉は突っ込む。

「逃げるのも勇気だ。無茶はするんじゃないぞ!」
「凹助、教えた通りやりゃあ良いんだ。後は臨機応変で!な!」

井上は年配者らしい言葉を皆に掛け、原田は藤堂の背中をバシッと叩く。

「わ、分かった」

ぎこちない笑いを原田に向けながら藤堂は木刀を握りしめた。

七人が門に向かって駆け出した。夜空に大きな満月が浮かび七つの影を作る。今、番助がいたら柝声の後でこう言うだろう。


‘暮れ六ツでござぁーい!’

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