刻と時

12

いつものハツ刻に来た斉藤が土方の話を聞き「本当に行くんだ」と、溜め息を吐いた。今日の手土産はわらび餅だ。土方はそれにいつもの調味料をふんだんにかけ、きな粉の味を無くしてから口に入れる。

「おぉ、だから猿がどれぐらい群れを成しているか教えてくれ」
「んー、数はそこそこいるけど寄せ集めって感じで、悪さをする時は大抵固まってる。その深夜来た放火犯って多分新人か下っ端の人じゃあないかな。だから一人で行かされたんだと思う」
「あぁ、そいつは分かるわ。なっさけない奴だった」

アイツはあれから巣に帰ってボコボコにされたのだろうが自分には関係ない。数日前に会った奴等も大概情けなかった。土方はつまらなさそうに箸を置き、手元にあった竹刀を取る。

「またもぐら叩きになるのかね。あ、猿叩きか」
「でも古くから居る人は結構武術の腕が立つみたいだよ」
「ほぉ?」

竹刀で叩く真似をしていた土方が斉藤の言葉を聞き、興味深げに目を見開いた。

「そりゃあ是非とも手合わせしてぇな」
「終ー!」

総悟がトタトタと畳を鳴らしながら駆けより、縁側に座ったと同時に目の前の器を手に取った。

「俺も行くんだぜィ!」
「えぇ!沖田も?!」

あまり声を上げて驚くことがない斉藤が目を丸くして総悟を見た。

「近藤さん良いって言ったの?」
「うん。社会勉強だって」
「それは言ってなかった」

あっけらかんと答えた子供を見て、土方はほんの少し顔を歪める。いつの間に決まったのか総悟までついて行くことになった。自分の後ろを付かせれば平気だとは思うが、何が起こるか分からないのが喧嘩だ。

「お前ほんとに行くのかよ」
「アンタからの喧嘩自慢はもう勘弁でさァ。俺だってやれる」

負けん気の強い子供はそう言い、わらび餅を口の中に詰め込んだ。

「何かにつけて喧嘩喧嘩ばっかり言うから」
「な、お、俺のせいじゃねぇ…」

土方は斉藤の視線から目を反らしぐいっと茶を喉に流し込む。そこへ稽古に一区切りつけた近藤がやってきた。

「お、今日はわらび餅かぁ!」

ニカッと笑い竹刀を壁に立てかける。額の汗を手拭いで拭くその姿はとても日没から他道場へ殴り込みに行く者とは思えない。

「番助も食べるかな。おぉーい!番助!」

近藤は半刻前に気がついた番助を呼ぶ。気付いた途端、拍子木を打ち鳴らしにいこうとした彼をみんなで止め、今は大人しく別部屋で寝ていた。

「持って行ってあげて。怪我が痛むだろうし、俺が居ると行きにくいだろうから」

幕府から見廻り組に任命された家に住む斉藤は無許可で見廻る番助を思い、器を近藤に差し出す。特に無許可で見廻る行為が悪いというわけではないが、やはり拍子木の音がうるさいという苦情は少なからずある。

「おぉ、すまんな。斉藤」

それを受け取り番助が居る部屋へ去って行った。

「終は喧嘩しに行かねぇの?」

総悟は空の器をマヨネーズが少し付いた器の上に重ね斉藤を見上げる。その問いかけに斉藤は困ったように苦笑した。

「後片付けには行くけど…さすがに喧嘩はねぇ…」

謂わば警察の手伝いをしている彼が喧嘩に行くわけがない。そんな事は考えずにまるで遊びに行くような感覚で言う総悟を見て、土方はやっぱまだ早かったかな、と少し後悔した。

「悪人をこの町から追い出してやる。それとも猿回し用に置いておくか?」

意地悪そうに聞いてきた土方に斉藤は「いらないよ」と嫌そうに顔を歪める。

「誰が調教するの」
「近藤さんが適役だな」
「あぁ…なるほど」

斉藤は納得したかのように頷きながら土方の顔を見つめた。

「…いや、そのつもりで言ったわけじゃねーが…何でこっち見てんだよ」
「猿、キーキーうるさい」

総悟が土方に言う。土方はいまいましそうに睨むと、

「お前の方が髪の色といい、猿知恵が働くところといい…よっぽど猿のようじゃねーか!」

そう言い、亜麻色の頭をひっぱたく。それが試合開始のゴングとなり出陣前の喧嘩が勃発した。

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