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医者に診てもらったところ幸い命には別状はない、という事で一同ホッと胸をなで下ろす。永倉達が門を出てすぐにまるで自分達に見せつけるようにして血まみれの番助が倒れていたらしい。
「総悟が来た時は何もなかったんだよな?」
「うん」
医者が帰り、布団に寝かされている番助の顔を総悟が心配そうに覗き込みながら土方の問いに答えた。
「一旦帰った時は」
「何も」
「それが何刻かなんて分かんねぇよなぁ」
まだ子供、学問に疎い総悟には時間は計れない。土方は顔をしかめボリボリと頭を掻いた。
「しかし…これはちょっとやりすぎじゃないか。斉藤が言っていた通りの曲者だ」
井上は眉をしかめ怒気を含んだ声を出す。近藤なんかは先程からずっと号泣しておりその井上の言葉を聞いた途端、拳を振り上げ立ち上がった。
「番助の弔い合戦だっ!!」
「近藤さん、彼は生きてます」
永倉の冷静な突っ込みを受けて「う、うむ」と頷き再び座り直した近藤の服を総悟が引っ張った。
「俺も行きたい」
「ダメだ。危ないだろ。怪我したらどうするんだ」
「行ってみないと分からないでさァ」
「遊びに行くんじゃないんだぞ!」
近藤に強い口調で言われ総悟は頬を膨らませ俯く。
「…だっていつも土方と原田楽しそうだし」
「あれはダメな大人の見本だ!喧嘩を楽しむなんて見習っちゃあいけないぞ!ろくでもない大人になる」
「ちょっと?近藤さん?」
本人達目の前にも関わらずダメ大人呼びする近藤に対して土方と原田が同時に振り向いた。顔を下に向けたまま総悟は小さな声で話し出す。
「…分かってまさァ。飯食うだけ食うて皿も洗わない、仕事にも出ない、すぐ喧嘩する…今、江戸で増加中のにーとってやつだってことも」
「お前達、子供にまで言われてどうするんだ」
井上の白い目に二人は「う」とばつが悪そうに後ろへ身じろぎ「にーとじゃなくて浪人だろ?」「さ、さぁ?」とボソボソとささやき始めた。
「でも…」
俯いていた総悟はそう呟いた。そして膝の上に置いていた拳をギュッと強く握り顔を上げる。その顔はいつも悪戯ばかりしている悪ガキとは思えない程の真剣な顔だ。
「俺だって番助の仇取りたいんでィ!近藤さんの畑だって本当はアイツ等がやったんでしょ?!毎日あんなに頑張って世話してたのにさぁ…許さねぇ!」
「そ、総悟…お前…」
自分を真っ直ぐに見つめてくる大きな瞳に近藤は目頭が熱くなり目を潤ます。
「そぉぉごォォォォ!!!!」
感極まった近藤が滝涙を流し、目の前の亜麻色の子供に抱きつこうとしたその時、
「こんにちはー」
「あ!姉上!!」
「んぶっ!!」
表口から女性の声がし、総悟は声を上げ立ち上がる。抱きつく標的がいなくなった近藤は顔面を畳に強打した。
「トシさん、ミツバさんが来たぜ」
「何故俺に言う?」
土方はニヤニヤ笑うハゲ頭をジロリと睨んだ。
表口では総悟の姉、ミツバが弟に何かが入った袋を渡していた。
「はい、これね」
「ありがとうございます!姉上」
「お、ミツバ殿。何か忘れ物を届けに?」
近藤が布で鼻血を押さえながら総悟達の元へ来た。ミツバが微笑み頭を下げる。
「えぇ。今日遠くまで野試合に行くんでしょう?」
「…野試合?」
「あら…さっき総ちゃんが帰ってきた時、遠方まで野試合に行くからそのまま道場に泊まると」
「…」
近藤はチラリと総悟を見る。何の悪気もなさそうにその子供はミツバに渡されたお泊まり道具入りの袋を抱え「そうなんです!」と答えていた。
「お願いしますね」
「いや、あの、あ、はい」
深々と頭を下げるミツバに対して近藤は焦りながらも頭を下げた。
「姉上!土産話、楽しみにしていて下さいね」
「分かったわ。頑張ってきてね」
「はい!」
ミツバは亜麻色の頭を撫で、再度近藤に向かって一礼すると去って行った。
「…総悟君」
「はい」
「もしかして朝から行く気満々だった?」
「そうですねィ。少なくとも土方に蹴りを食らわした辺りからは」
総悟は抱えていた袋を下に置くと何やらゴソゴソと漁りだした。
「これ持っていきやすから大丈夫ですよ」
自信ありげにエアガンを見せてくる総悟に対し、近藤は口から出る乾いた笑いを抑えることができなかった。
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