刻と時

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喧嘩とは――個人間で怒りの感情をおもてに現すことや、意見や利害の対立を言い争ったり、殴り合うことで解決すること


――ではなく、


木刀や真剣を振り回す私闘全般のことだと土方達はそう解釈をしていた。たまにやる沖田と永倉、沖田と土方がやるような取っ組み合いの喧嘩とは全く違う。


「行こうぜ!お前ならそこそこいけるんじゃね?」

そんな喧嘩の違いが分からないであろう藤堂に原田が言った。まるで何かの競技大会があるから出てみないか的な乗りで言う男に藤堂は「うーん」と唸る。もうそこが指定席になったのか、道場の端で座って困っている藤堂の心情を察し永倉が苦笑する。

「いきなりだもんな」

彼はここに来てまだ日も浅い。しかも稽古の様子から見て結構身分の高い武士の家に生まれたのだろう。同じく武士の家で育った永倉はそう考え「無理はするな」と言った。

「1対1ばかりじゃ強くならねぇぜ」
「右之、まだ相手がどれほどの奴等か分からないし、そう無茶させるこたぁないぜ」
「そんなんだから永倉は身長も慎重なんだ。あ、俺、今うまいこと言っ」
「死ぬか?」

青筋を浮かべ永倉は近くにあった自分の身長の半分もある壷を頭上まで持ち上げハゲ頭を見下ろす。

「あ、いや、その」
「俺、役に立てるか?」

考え込んでいた藤堂がそう原田に問う。「おや?」と永倉は目を丸くし壷を下ろした。

「そりゃあ…足手まといにならなければ」
「腕には自信ある」

藤堂は原田の代わりに答えた永倉の方を見据え言った。その様子を見た原田は「よし!」と声を上げ、バンダナ頭の肩を抱く。

「初陣だな!まぁ…ほとんどトシさんがやっちまうんだろうけど」
「今何刻?巳の刻ぐらいか?」

永倉が縁側に出て空を見上げる。日がどのぐらい昇っているか見る為だ。

「…ん?そういや…いつもの拍子木が聞こえねぇ」

原田も不思議そうに外を見た。どんな天候であろうと、どんな体調であろうと番助がこれを始めた以来一度も休んだことはない。

「…まさか猿にやられてないだろうなぁ…」

永倉は眉をひそめ柱にもたれる。そもそも猛猿館の者の放火作戦がバレたのは見廻り中の番助が発見したからだ。彼は半刻ごとに必ず町に現れる為、報復好きな奴等の餌食になったかもしれない。

「んー…心配だな。見に行こうぜ」

原田も同じ考えだったらしく立ち上がる。永倉もそれに同意し、藤堂も連れて町へ出掛けて行った。




「総悟は?…というかまだやっていたのか」

まだ畑をいじっていた道場主に土方は呆れたような顔で溜め息を吐いた。

「あぁ、何かミツバ殿に用があると言って一旦帰った。つい先程原田達もどこかに出掛けて行ったようだが…今何刻だ?」
「…」

近藤に刻を聞かれ土方は黙る。番助は何と叫んでいたか思い出しながら太陽の位置を見る。

「…六ツ半…なわけないよな。そういえば回ってこねぇな…」

太陽の動きで時間を計り、その方角を読む。子の方角を北にして、丑は北北東、寅は東北東…といった具合に右回りに十二支を当てはめていけば良い。
しかし、いつもそこに太陽があるわけではない。そういう時にはあの天人が持ち込んだという時計が便利なのだろうが、銭の問題で手元にはない。

「…嫌な予感しかしねぇな」
「トシさん!!」

切羽詰まった永倉の声が聞こえ土方は顔をしかめた。このタイミングでそれはもう聞かずとも分かってしまう。土方が振り向き目に入ったのは永倉と藤堂、そして血まみれになった番助を負ぶった原田が走ってくる姿だった。

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